岸見一郎氏のアドラー心理学
旧知のラスカルさん(現・らすかるさん/ブログ 今はお休み中)が勉強なさってらしたのをブログで拝見、私はちょっぴりかじっただけの記事を載せてます。
2020年3月…夫が亡くなる1年4か月前…夢見をあっけらかんとした気持ちで書き留めてます。今日、それを読み不思議な感じがしました。正夢でしたから。
医療ルネサンス
最期は我が家で
日本では病院や高齢者施設で最期を迎える人が8割を占める。「緊急時は駆けつける。最後は僕が責任を負う」ケアマネージャーやヘルパー、看護師などの在宅支援チームを後押ししたのが在宅ホスピス医山梨県北杜市・川越厚氏(76)在宅ホスピスケアの草分け的存在)。
介護保険で使えるサービスをフル活用し、夫婦を毎日交代で見守ることになった。
94歳で亡くなった明さんと麗子さん(90)夫婦に在宅ケアの新たな可能性について気づかされた。麗子さんに認知症の症状が出始めたのは、7年前のこと。明さんには5年前、大腸がんが見つかった。
「やっぱり住み慣れた家がいい」。
明さんは生前、麗子さんに「先に逝くよ」と何度も話していた。だから「夫の死をきちんと受け止められている」と感じた。「認知症だからといって、何もできなくなるわけではない。麗子さんの残された力を信じ、在宅生活を支えていきましょう」とチームに呼びかけた。
「思いをくみ取ろうとする人たちがいる。それが大きい」
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末期の乳がんの妻・・・
夫婦を支えたのは、連日のように訪問した看護師と、在宅ホスピス医の川越氏。痛みや吐き気の緩和、身の回りの世話の他に、力を入れたのは「死の教育」。
「意識、特に聴覚は最期まで残っている。できるだけそばにいて、不安を与えるような言動は控えて」「十分頑張った『頑張れ』の掛け声はせず、『もういいんだよ』と言ってあげて」「残された貴重な時間、家族だけで見守り、楽しい思い出話をして」。
呼吸や尿量の変化など、死に向かうプロセスも説明。葬儀の準備や死亡届といった死後の手続きも。
川越さんに促され右腹を触った。皮膚のすぐ下にあったのは硬くなった肝臓。皮膚や白目が黄色く、黄疸も進み、「こういう状態なの。厳しいのは分かるよね」と諭された。
亡くなる3日前には、肺炎を起こした胸の音を聴診器で聞かせてもらった。
「妻の死を受け入れるための準備を進めてもらっていた。だから息を引き取った時も、慌てることはなかった」。
戦後間もない頃、8割以上の人が自宅で亡くなっていたが、今は2割弱。
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悪性リンパ腫・・・
「妻の負担にならないのなら、家で過ごしたい」
死の受け入れ方は人それぞれだが、位牌まで作る人と出会ったのは初めてだった。
看護師の緊急連絡先などに交ざり、位牌の設計図や葬儀の手配方法をまとめたメモが挟まれていた。「死に装束、スーツ」、「花はたくさん要らない。一輪、二輪でいいよ」。
「彼は確かに自分の死と向き合い、自宅での穏やかな最期を選び取った」。
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ボランティアの人たちは今、タモツさん(91歳)の昔語りを聞き書きすることで、冊子を作ろうと準備を進めている。
人生の最終段階を迎えると、人はこれまで歩み続けてきた道のりを振り返る。生きる意味や死と向き合う苦しみは「魂の痛み(スピリチュアルペイン)」とも呼ばれ、体の苦痛などとともに、緩和ケアはこれらを和らげる。自分の人生を誰かと共有できる冊子の作成はそのひとつの方法になる。
川越さんは、タモツさんの「孤独」を思う。「どんなふうに最期の時間を生きたいのか。本人のそばで、その希望を支えるのが僕たちの仕事」。
(2024・3 6回シリーズ 最期はわが家で から)
2017年3月 ベランダの花