2021年2月

 

 

   「中西 進氏の履歴」連続掲載の中の一部です。

 

 

 

 

 

四 季

長谷川 櫂氏  選&解説

 

<数日のうちには雪が降りそう。わたしは思い出す/

去年のことを。暖炉のそばで あの悲しみのことを

                フランシス・ジャム

フランシス・ジャムは百年前のフランスの詩人。スペイン国境ピレネー山麓の村に住み、素朴で力強い詩を詠み続けた。

いま暖炉の火の前で思いだしているのは、過ぎ去った日の「古い悲しみ」。『フランス名詩選』から。渋沢孝輔訳。

 

 

<映画ならトイレに行くのにちょうどいいシーン

みたいな今を生きてる>          岡田美幸

若い人は今どんな人生を生きているのか。この歌はそれをうかがうのに一つの参考になるかもしれない。「トイレに行くのにちょうどいい」と堂々といえる。十年前にはなかった発想。1991年生まれ。歌集『グロリオサの祈り』から。

 

 

<子のためにただ子のためにある母と知らば

子もまた寂しかるらん>         三ヶ島葭子 

お母さんはあなたのためだけに生きている。それを知ったら寂しい思いをするでしょう。赤貧の淵で赤ちゃんに語りかける歌。この子とも引き離される運命が待っていた。昭和2年

40歳で病没。『新版 三ヶ島葭子(みかじまよしこ)全歌集』から。

 

 

<ひきわかれ年は経(ふ)れども鶯(うぐいす)

巣だちし松の根をわすれめや>      明石の姫君

明石の姫君は光源氏と明石の君の娘。事情あって紫の上の養女として育てられる。ある年の正月、「お便りを」という産みの母の歌に返した姫君の歌。長く別れて暮らしていますが母君を忘れません。このとき八歳。『源氏物語』初音から。

 

 

<深山に蕨(わらび)とりつつ亡びるか>  鈴木六林男

敗戦後、厳しい食糧難が国中を襲った。やせ細ってゆく自分たちの姿に古代中国の隠者が重なる。伯夷(はくい)、叔斉(しゅくせい)は清廉の兄弟。道理なき乱世を嘆いて山に隠れ、蕨や薇(ぜんまい)を食べ、ついに餓死したという。

高橋修宏編『鈴木六林男(むりお)の百句』から。

 

 

<春やとき霞(かすみ)やおそきけふも猶(なお)

昨日のままの峯の白雪>         伏見院

伏見天皇は鎌倉時代の帝王。書に秀で、歌に優れた人だった。きょうは立春なのに、山々はきのうのまま雪を頂いて澄み渡っている。春が早く来すぎてしまったのか、それとも霞が遅れているのか。和歌文学大系『新後撰和歌集』から。

 

 

<火を持つて御燈祭(おとうまつり)を下りたしや>

                    茨木和生

新宮市(和歌山県)の神倉山の頂にあるゴトビキ岩。御燈祭はこの巨岩を神体とする神倉神社の春迎えの行事。2月6日夜、上り子たちが神火を分けた松明(たいまつ)を掲げていっせいに山道を駆け降りる。1939年生まれ。

句集『わかな』から。

 

 

   (お好きなものがありましたか? 私は

    <子のために・・・>に惹かれました)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は歎異抄講座の2回目に行ってまいりました。明日少しだけでも書きたいなと思ってます。

 

 

 

     (人''▽`)ありがとう☆ございました。