<寒の暁ツイーンツイーンと子の寝息> 中村草田男
鼻づまりか。この聞いたこともない独創的な擬音には、どこか元気な響きがある。草田男は子の枕元でむしろ安心したのかもしれない。草田男は夏の季語「万緑(ばんりょく)」の創始者。
新年を迎えた日本の里には「若水を汲む」という美しい言葉があった。
<昔ながらの/つるべの音が/聞こえます/胸に手を当てて/
聞きましょう/生きている/いのちの鼓動/若水を汲み上げる/
その音を/新年の光/満ち/あふれる/朝です> 石垣りん
(「太陽のほとり」から)
(2024年1月1日 編集手帳から)
四 季
長谷川 櫂氏 選&解説
<花ビラを 散らすかに吹き 葛湯かな> 山上樹実雄
桜の花びらを散らすかのように。熱い葛湯を吹き冷ましながら、そこにありもしない桜の花を見ているのである。俳句によって育まれた繊細な心。大阪生まれ、2014年83歳で逝去。『山上樹実雄全句集』から。
<終わりがこうもめでたければ、すべてよしらしい、/苦い出来事が過ぎ去れば、甘い訪れが待ち遠しい。
シェークスピア
逃げる男を追い続ける女の恋の物語。「私の指の指輪を手に入れ、私の子を身ごもれば妻にする」という難題を突き付けられた女は…。ゴタゴタの挙句、事態を円満に収めた王の言葉。松岡和子訳『終わりよければすべてよし』から。
『蕪村全集』新年の十句のうちの4句
<罷出(まかりいで)たものは物ぐさ太郎月> 蕪村
1月は太郎月。それに『御伽草子』の物ぐさ太郎を掛けて初春の到来を笑いのうちにことほぐ。烏帽子に袴の爽やかな出で立ちは、どちらの婿殿でいらっしゃるかと問われた物ぐさ太郎月の名乗りの句。
<元日二日京のすみずみ霞(かすみ)けり>
京は碁盤の目の町。縦横に大路小路が交差する。初春と共に霞がたなびき始めた。その隅々といえば京の俯瞰図が霞の底から浮かび上がる。江戸や大坂ではこうはいかないだろう。
市中に「蕪村宅跡」の石標もある。
<大和仮名いの字を児(ちご)の筆はじめ>
60年かけて誕生年と同じ干支の年を迎えるのが還暦。己亥(つちのと い)の安永8年(1779年)に還暦となった人への祝いの一句。この亥年からますます長生きされますように。
子どもが「いろは」の「い」から字を習うように。
<ほうらいの山まつりせむ老(おい)の春>
蓬莱は正月の床飾り。古代中国の東の海に浮かぶと考えられた神仙の島、蓬莱山を表したものという。新年を迎え、わが家にもかの蓬莱山を祀(まつ)って、いよいよの長寿を願うことにしよう。60歳の作だが大老人の風格。
能登半島大地震の報道を見聞きするにつけ、被害の膨大さに
胸が痛むというような言葉では言い表せない程の衝撃を受けています。