最近「読書など」を書いていないのは、読み切っている本がないからです。かつての会社で東大卒の役員が「残りの人生で読みたい本が読み切れなさそうだから」と早期退職したのを思い出す。電車の中が読書タイムだが、最近は区にiPadを支給され持ち運びが重くて、本を持参できなくなっているのも影響している。

 

文藝春秋や自分で買った書籍が読み切れずたまっているところへ、図書館に予約して半年が経過していた「侍女の物語」がやってきました。

これはWow Wowでドラマを放映していたのをチラ見して、原作を探して予約した。古典的な服装と調度品ながら、これは近未来の、国策によって若い女性が強制的に権力者の子どもを産まされる時代の話なのだとわかるドラマでした。それほど話題になっていないのに、図書館の予約待ちが大変な数なのにも驚いた。小池百合子の半生記「女帝」を上回ります。

実際に本が来た時には10分の1ほど読んで返却日になってしまったが、これはどこかで読んだ世界観…村田紗耶香の「殺人出産」に似ているのだと気づきました。「侍女の物語」が早く1990年作なので、村田が読んでいても不思議ではないが、「殺人出産」のほうがさらにエグい。

双方とも女性の作だが、出産や子育てが喜びにあふれたものではなく、国策であり女性の義務であるという描かれ方をされているところに、私たちは危機感を持たなければならないだろう。

 

最近の習慣で、読み切れなかった本はアマゾンで買おうと思ったがこれがない!眼精疲労のモト、kindleしかないので、紙の書籍の出物があるまで待たねばならない(だから図書館に予約が殺到しているのね)。

これだけモノが溢れている世の中で、本一冊見つからないこともあるのだなと思いました。