衆議院選の期間に、様々なテーマで政治や選挙に関する特集記事が書かれています。

11日の朝日の日刊に、「ママ議員、「男性並みに」の壁」という記事があった。民主党の高井美穂元衆議院議員をはじめ、子育て中のママ議員が国政を辞め転身している、という話です。

子育てしながら男性と同等のキャリア職こなすのは大変だという内容で、共感できる部分がたくさんありました。次期は県議に挑戦するという、大学の後輩のはずの高井さんを心から応援したい。いそくみもこの業界に入った当初「高井さんだってやっているのだから国政に出ては」と言われたこともあったので、何か不思議な縁を感じます。

ある女性元議員がこうも言っている、

「男性か、男性並みに働く女性しか国会議員になれない国で、どうして普通の母親や子供の声を代弁できる政治家が生まれましょう」

・・・表現は美しく印象的だが、それはちょっと違うんじゃないかな?

逆にいえば、普通の主婦と同じく子供の送り迎えをし、買物や保護者会に行き、子供が帰ってくるときに家にいる生活で国会議員ができるか?ということ。これは「国会議員」の部分を「外科医」や「新聞記者」など男性でも激務と言われる職業におきかえてみればわかります。


1日は平等に24時間しかないのだから、そういう職業を選ぶなら子供を持たないか、子供は親やシッターさんに丸投げするかどこかで我慢しなければならない部分が出てきます。

それが納得いかないというならプロ意識が欠けていると思う。


もう1つ、「実際に子供を持って自分で育てなければ、母親や子供の気持ちはわからない」か?これもNOです。もちろん本人の努力も要るが、いそくみの周囲には自身に子供がなくても教職や医療現場、ボランティアで子供の面倒を見、母親たちの声に耳を傾けている女性はたくさんいます。

いわばみんなのおかあさん=プロ母という感じでしょうか。



子供を持ったら子育てに関わるために仕事の負担を軽減するか、仕事優先で子育ては他人に任せるか、女性たちはいつも自ら選択してきました。それがことさらに損だとはもう思わなくなった。


子育てを終え母として経験を積んでから本格的に仕事復帰が出来れば一番よいのですが、40代以上の女性は特別な資格でもない限り仕事に就けないところは、日本の社会の責任かもしれません。