以前は、

私の彼に対するお願いには、

言葉の裏にこんな思いがあった。

 

 

 

「できれば毎週会いたい」

 本命の彼女だったら、

 毎週会うのが普通でしょ!

 既婚の友人達も、結婚前は彼氏と

 当然毎週会っていたし!

 会えるのに毎週会おうとしないってことは

 私のことそんなに本気じゃないんでしょ!

 愛してるって言葉は嘘なんでしょ!
 

 

「記念日は特別なデートにしたい」

 本気で好きな相手との記念日なら

 気合い入れて計画するものでしょ!

 友達もあんなに豪華なディナーに

 行っていたし、旅行に行ったり、

 彼から本気で愛されている友達は

 みんな記念日を大切に

 してもらっていた!

 

 

「約束の時間に遅れたら、

 ちゃんと一言謝って欲しい」

 約束の時間に遅れて来たんだから、

 完全に非はそっちでしょ。

 いくら既に親しい関係性でも、

 ごめんとありがとうを言えない男は

 ろくでもない男に決まってる!

 将来結婚して一緒に暮らしても、

 そうやって私を雑に扱うんでしょ!

 友達も、いくら親しい間でも

 時間に遅れたときに謝るのは

 当たり前って言ってたし!

 

 

 

 

 

 今、冷静に思い返してみると・・・

 

 

 

 

 

 

恥ずかしくて、思わず文字小さくしたよ。

でも・・・本当は認めたくないけど

今でも、コンディションが悪いと

こんな負の感情が湧き出てくることがある

まだまだ、全然ある

 

 

 

とにかく、

”愛されてるっぽいこと”

を求め続けていた。

 

 

自分に自信がなくて

彼に愛さてるって信じられなくて

自分の価値も信じられなくて

 

 

 

世間では当然こうでしょ、

これができないってことは

私のこと好きじゃないんでしょ、とか

 

これができてないってことは

将来私を不幸にさせる、とか

 

幸せに愛されてる友人が

言ってたことに異様にこだわって

 

 

とにかく自分を不安から守るために、

これ以上傷つかないようにするために、

 

愛されてる証拠を増やすために、

 

 

”愛されるっぽいこと”

を求め続けてた。

 

 

 

 

 

 

最後の、

「約束の時間に遅れたら、

 ちゃんと一言謝って欲しい」

ってお願いに関しては

ごく正当なお願いのようにも思うけど

 

その言葉の裏には、

 

謝れないってことは人としてダメ

将来私を大切にしないに決まってる

だから謝ってくれない人は絶対にダメ

 

みたいな、

嫌な決めつけがあったんだよね。

 

 

たまたま言い忘れただけかもしれないし、

たまたま他のことで頭がいっぱいだった

かもしれないし、

たまたま彼の価値観が

”遅れるって連絡した上での遅刻は

謝らなくても気にしない”

だったのかもしれないし。

 

 

でもそのときの私にとっては

とにかく重要事項で、

謝るか、謝らないかに

異様にこだわっていた。

 

 

 

何であんなにこだわっていたんだろう

って思い返してみると、

 

私にとっては、友達の何気ない一言が

”愛されるかどうかの絶対の基準”

になっていたと気づいた。

 

 

 

愛されている自信がないから、

自分に自信がないから、

 

とりあえず誰かの言葉を基準にして、

目に見える証拠を求めて、

それを心の拠り所にしていたんだと思う