面接が終わって教室へ向かう私の足取りは、ヌガーのように重かった。
ルェハと野口君は水野と少し話し、
そのまま帰宅と言う事になった。
病院へ行くような怪我人が出たのに、
半日の定額処分で済んだのは他に例がなく、ルェハが校内でただ1人の外国人というこで、学校としても処分には慎重なのだろうと思った。
私はトイレに入り、湿布の上から頬を抑える。
湿布を少し剥がしてみて、あざがひいていたら湿布を剥がそうと思っていたが、少しだけみて、そのまま元の位置に貼り直す。
そしてまたゆっくりと教室へ向った。
教室の前まで来ると、ちょうど昼休みにはいったのでざわついているのがわかり、少しホッとした。
私は教室の後方のドアに手をかける。
ドアがカバの飼育小屋の扉のように重い。
深呼吸をして、ドアを引く。
教室の後ろにいた数人が私の顔をみて、話をやめた。
私はおはようと言って、自分の席にカバンをおく。
「りか!」
声の方を向く。
すみれがちょっとのいてと人を押しのけながら私へ駆け寄った。
教室がしんと静まる。
「ちょっときて」
すみれは私の手を引いて教室を出た。
そのまや中庭の売店の前まできて、すみれは止まった。
「大丈夫なのあんた!思ってたより酷いね」
すみれは私の手を強く握る。
「すみれ、痛い」
私は正直に言う。
「痛い?あ、ごめんごめん」
すみれはそう言って手を話した。
「クラスはさ、あんたらの話でもちきりだよ。
ほんとガキなんだからあいつらさ」
すみれは強いウェーブのかかった髪を書き上げる。
「ジャガイモ湿布はしたの?」
私は狐につままれたように、目を開く。
「何?ジャガイモ湿布?何それ?」
「あんた!ジャガイモ湿布知らないの?」
すみれは、ゴルフボールが入るんじゃないかと言うくらい目を見開いた。
私が知らないと首を振ると、すみれはこれだから最近の若い者はとため息をつく。
それを聞いて私は吹き出した。
すみれも笑い、私の緊張はどこかえ飛んでいってしまった。
「いや、ジャガイモ湿布はマジだよ。マジ効くんだよ。
あたしが小学校の時、ひどい打ち身で遠足にいけないって言われてさ、ばあちゃんがジャガイ
モ湿布してくれたんだ。
そしたら次の日治ってんだよ。
とにかくヤバイんだって」
すみれは真剣にジャガイモ湿布の作り方を教えてくれて、私たちはお昼ご飯に売店でハムカツパンを買って食べた。
「このパンまっずぃ」
すみれは文句をいいながらも、ハムカツパンを全部食べた。
私は半分までたべてお腹がいっぱいになったので、包んであったサランラップを丁寧にのばして、包み直した。
すみれは、だから痩せっぽっちなんだよあんたは。私のようにグラマーになりなさいよ。
と私を小突いた。
態度はいつも通りだけど、教室にいたくなかった私をすみれは連れ出してくれたのだろう。
私は心の中でありがとうと言った。
授業が始まる少し前に教室へ戻り、席につく。
前の席の中島は机に突っ伏して寝ていた。
私は休み時間に中島がお昼を食べる以外に、起きて誰かと話しているところをみたことがない。
しばらくすると、私が入ってきたのを確認した友達が私を囲む。
大丈夫か、心配してたと次々に言われて、ありがとう心配かけてごめんねと答えた。
そんな元気そうな私をみた男子も何人かあつまってきた。
「なぁ、昨日なにがあったんだ?教えてくれよ」
「あの2人はどうなったんだ?」
こんな事を次々に聞いてくる。
友達も知りたそうに、頷いている。
私は黙ってしまう。
本当の事なんて、言えるわけないじゃん。
私はその場でリセットボタンを押して消えてしまいたいような気持ちになった。
「ちょっ…」
「イテェ!!」
すみれが助けを出そうとするよりも先に大きな声が教室に響いた。
「イテェ!なにすんだよ
中島!!」
私の前には中島が立っていた。
そして、もう一度喚いた男子の腹部を蹴り上げた。
小さな身体から繰り出される蹴りは見事だった。
中島が武道の有段者だと知ったのはだいぶ後の話だが、
クラス全員が中島を驚きの目で見ていた。
「ハヤセが言いたくないって言ってんだろ。
これ以上聞くなら、蹴る」
もう蹴ってるじゃねぇか。
多分その場にいた全員がそう思ったと思うが、
中島のあまりの迫力に突っ込むものは誰1人としていなかった。
ちょうどチャイムがなったので、私のまわりにいた人たちは助かったという表情で散り散りと自分の席に戻って行ったが
佐々木さんだけが、遠い席で私を睨んでいる。
「中島、ありがとう」
私は自分の席についた中島にお礼をいった。
中島は、別に、とだけ言って机に突っ伏した。
それから最後の授業が終わり、
中島のおかげで昨日の事を誰にも聞かれずにすむかとホッとしていた。
「りか!!」
教室のドアが外れるような勢いで開いて、外れた。
私は火傷しように椅子から立ち上がり、教室に入ってこようとする竹次郎の太い腕をつかんだ。
「やっぱり…
誰にやられた?やっぱり韓国人か!」
竹次郎の目は怒りで満ちている。
「違うよ!」
竹次郎は私を見る。
「榊くんには何もされてない!」
外れたドアの方では、学級委員長達がどうにかドアをはめようと必死だった。
「には?
…じゃあ野口が…信じられねぇ。
あいつ、部活動生だろ?
ぶち殺してやる」
竹次郎はそう言って教室に入ろうとする。
学級委員はあまりの迫力に驚き、道を開けようとした。
私は両手で竹次郎の腕をひっぱった。
が、全然止めることができない。
「あんたも部活動生でしょ!
喧嘩したら陸上部に迷惑がかかるよ!」
竹次郎は、止まった。
「それに野口君いないし。
ね、冷静になって」
竹次郎は私をみた。もういつもの竹次郎だった。
「2人が喧嘩してて、私が仲裁に入った時に肘があたっただけだから。
ね、誰も悪くないの」
竹次郎は私の顔をみて、短く息をはいた。
「今日おまえん家でゆっくり聞かせてもらうからな」
そう言って竹次郎は自分の教室へ戻っていった。
ドアは学級委員長達の手によって、壁に立て掛けられた。
ドアは壊れていた。