「おはようお客さんだよ」
階段の途中で立ち止まっている私に気付いたパパが、コーヒーポットを火からおろしながら言った。
私がルェハの方をみると、ルェハは私を見つけると手をひらひらと振った。
私は階段を踏み外しそうになりながら、ルェハが座っているイスの横に立ちバッグと傘をそこに置いた。
「おはよう」
「いったい、どうしたの?」
「りか、俺とデートしよう」
私の顔から耳にかけて、導火線に火がついたように素早く熱がまわった。
「デート?」
ルェハの目を見たが、直ぐにそらす。
なんでだろ。
私服を着てるルェハを見るのが初めてだから?
ルェハの顔をまともに見れない。
私は、外国人だからなのか、自分の気持ちをストレートに表現するルェハに戸惑っていた。
「そう、デート。
りか、動揺してるね。
デートするの初めてなの?」
「そ、そんなわけないじゃん!」
私は意図せずに大きな声をだしてしまい、パパの方へ視線を移す。
しかし、パパは競馬好きのおじさんと話していて、私の声は聞こえていないようだった。
ルェハはそうだよね、と言ってコーラを一口のんだ。
「何か約束があるんだろ。
メアド知らないから聞けなかった。
ごめんね、家まできたりして」
そう言って立ち上がろうとするルェハの腕を、私はそっと抑えた。
「予定…ないよ」
「無理してない?」
「うん」
「ほんと?」
「うん。しようよ、デート」
私は自分の言った「セリフ」が恥ずかしくなり、またソファ席へ目線を送ったが、パパは相変わらず私に背を向けている。
ルェハは勢いよく立ち上がり、500円をカウンターに置くとパパに丁寧にお礼をいい、私の手を握ってドアに向かった。
常連さんから冷やかされるなか、私はいってきますと口の形を作り自分のバッグをつかんだ。
「デートって、どこに行くの?」
私達は商店街を歩く。
この商店街は古い店も多いが、
老舗の喫茶店やパーラーなんかがあるので、店に入るかは別にして観光客がよく通る。
上には屋根が張られ、幅は10人が手をつないで歩けるほど広かった。
「そうだな…」
「あ
かさ…忘れてきちゃった」
私は立ち止まる。
「なんだ、傘?俺もってるから一緒にはいろう」
私はすぐに首をふった。
「なんで?」
「だってそんなの誰かに見られたら噂になっちゃうよ」
特に佐々木さんには。
ルェハはふぅんと涼しく言って、強く手を握り、身体が密着するくらいに私を引き寄せた。
「噂にしよう」
ルェハは無邪気に笑っている。
私は観念してまた歩き出した。
「ねぇ、どこにいくの?」
「りかはどこがいい?」
私は友達との約束を思い出す。
「ウィングベイ以外」
「それじゃ運河は?
俺、まだ行ったことないんだ。
りか案内してもらえる?」
私は名案だとすぐにOKした。
地元の人は、観光客の多い運河の方にはあまり行かないからだ。
私達は手を握ったまま何も言わずに運河がある北へと歩いた。
足に水がかかる事や、店の出入りの時の傘の始末を除けば雨の日のデートはなかなか楽しい物だった。
傘に雨があたる張りのある音が心地いいし、晴れていたらこんなに近づいて歩く事もなかっただろう。
私達は運河の東にある土産物店が並ぶ通りで硝子細工や蝋燭の専門店、
機械仕掛けのぬいぐるみの動物園など観光で回るだろう有名な店を一通り見て回った。
通りの一番端にあるケーキ屋を通り過ぎたとき、蒸気時計が苦しそうに蒸気を12回吹いた。
足の先から頭に響く低音が心地いい。
「この音ね、うちの高校まで聞こえてくるんだよ」
それは、大きなふくろうが100匹一斉に鳴いたような迫力だった。
ルェハはへぇ、と言って蒸気時計を珍しそうに見ていた。
「ちょうど12時だし、そこのファミレスでご飯にしない?」
私の提案に、ルェハは賛成した。
私達はハンバーグランチとドリンクバーを頼んだ。
女の店員はメニューを下げると忙しそうに厨房へ入っていった。
「ねぇ、今日いったとこでどこが1番よかった?」
私達はドリンクバーに行き、
それぞれ飲み物をとってソファに座った。
昼時の店は混雑していて、
他の客の話し声がバリアのように私の周りを囲っているようだ。
「そうだな、
からくり博物館、かな?」
からくり博物館は博物館とついているが、その規模は小さい。
小学校の図工室に並べられた粘土細工のように、
アクリルのケースに入ったからくり人形が20点ほど並べられていただけだった。
からくり博物館には私達しか客がいなかったので、
からくりをじっくり観察して、専用のコインを買い10個のからくりを動かした。
それぞれのからくりはデザインがユニークではあったが、
頭を撫でるだけだったり、
カメレオンが口をパクパクさせるだけだったりと単調な動きが多いのだが、なぜか見入ってしまう。
「そっか、うん。私も面白いと思うんだ。
あそこだけは時々行くんだよ」
ルェハはふっと笑った。
「小さな箱の中で逃げ出せない
からくり人形は、必要とされた時にだけ動く。
プログラム通りに。」
ルェハは私を見た。
真っ黒な瞳。
「なぁ、りか。
マジックソーダって知ってるか?」
ルェハはコーラにストローをさした。
私は何も答えずに、首を横に振ってルェハが差したストローの周りについた気泡を見た。
「炭酸は圧力をかけて水の中に強制的に閉じ込められてるだろ。
蓋を開けてしまえば、すぐに空中に放出されて消えてしまう。
なぁ、それって人間みたいだろ?
社会って水の中に無理やり押し込まれている。
居場所や意思なんてものは幻想だ。
そこにはあるのは強制だけ。
でもいつかはそれがパッと消えちまうんだ。
それは死なのか忘却なのかは分からねぇ。
蓋は開けられるんだよ。
消えちまうんだ。
出て行きたくねぇやつも関係ねぇ、
全てだ。
そう考えたら一生なんて無意味だろ。
人間であるべき全ての感情は徐々に薄まっていき、ジュワッ。
つまりディセプションは必要ないんだよ」
そう言うとそいつは、コーラをストローでクルクルとかき混ぜた。
小さな気泡がシュワっと音をたてて立ち昇っていった。
私は前を真っ直ぐに見据えている。
そいつは私の目を見て少しだけ目を細めて続けた。
「でもな、マジックソーダは違う。
それは水から出られない気泡。
おまえだよ、りか」
リュウは眉間にシワを寄せる。
私は前を向いたままだ。
金縛りにでもあったかのように、動く事もしゃべる事もできない。
「りか、
俺はお前を愛してる」
リュウは私の右手にかるく口づけをした。
熱い。
リュウは目を瞑った。