昨日はイドゥルアダハ(犠牲祭)でした。 各所で提供者の名札をぶら下げた牛やヤギが次々屠殺され、捌かれていきます。 人々は祭事を楽しみ、ハジ(メッカへの巡礼)へ行った人の無事を思い、引換券とともに配られる肉片を持ち帰り(もしくは現場でも食べ)「アッラーフアクバル!」と囃し立てながら帰路につきます。


そして祭りのあと、空き地には膨大なゴミとビニール袋、ペットボトルなどが散乱し、血煙の匂いでしばらくは前を通るだけでも臭いです。


興味はないでしょうが、そもそもイドゥルアダハというのはアブラハム(アラブ人の始祖)が息子のイスマイルを神の犠牲に捧げようとし、天使に止められ、イスマイルを羊の姿に変え逃がした。という解釈から、「アブラハムの奉仕の心を見習うべき日」なのです。


もちろんハジの最終日であったりしますが、意味するところは慈愛と倫理を説いているのです。 従って、イドゥルアダハは神が私たちに慈愛と倫理をきちんと持ち合わせているかを試す日でもあるのです。


決して商売目的で無理やり大きくした牛やヤギを高値で売り、提供する人は売名目的で「名札」までぶら下げ、それを拡声器で宣伝してもらい、貧しくもないのに「引換券」まで用意し肉を取りに行き、余るので面白半分に犠牲になった家畜の肉をおもちゃにする日ではないのです。


本来、貧しくない人は受け取ってはいけませんし、提供する人も「やらないとうるさいから」とか「喜捨をちゃんとやってるよ」という宣伝行為は厳禁です。

ハジに行きたかったが行けなかった。それでも私も少しの蓄えがある。これで普段、肉さえ食べれない人もイードを祝ってもらおう。 そして家族にも常日頃忘れがちな倫理や謙譲、慈愛の精神をアッラーの名の下に見つめなおそう。 と言うのがあるべき姿なのです。


インドネシアムスリムよ、車のタイヤにサテ串を刺して喜んでいる場合ではないぞ。 あなたのために犠牲となった牛やヤギの屍骸と「名札」で記念撮影してる場合か? 牛を急造するためにゴミために牛を放し、産廃牛を作っている業者。 神は必ず見ているぞ。



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