私たちイスラム教徒は1日5回の礼拝を義務づけられており、その都度、唯一神への帰依と幸せを祈ります。 しかし礼拝を行うことや回数は宗派により定められてはいますが、基本的に強制されるものではありませんし、また「祈りたくない」という気持ちがもしあったならば祈ってはいけません。 個人の意思が尊重されます。
インドネシアは共和国であり、パンチャシラと呼ばれる5原則があり信教の自由は認められており、インドネシア全国民に対して社会的公正を標榜しています。
その自由であるはずのインドネシア共和国で、「多数派」というだけで他宗教の信者の迷惑を省みないムスリムが大勢います。 早朝から法律で規制されているボリュームをはるかに超えた音量でアザーンを流し始め、祝祭日には夜通しクルアーンをスピーカーから朗読することもあります。 マスジッドや家に人が多く集まる集会時は前方道路を封鎖したり、深夜まで大声で騒ぐこともしばしば見受けられます。
そういった社会性の無さ、道徳心、倫理観の欠如がイスラム教徒への誤解を招いているのです。 この国ではムスリム優先ではありません。 ムスリム優先ならばサウジアラビアやイランのようにイスラム国家だと名乗るべきです。 そうすれば非ムスリムは遠慮してくださいね。ということになり、摩擦も生まれません。
堂々と建国5原則と民主主義・公正・信教の自由を謳っていながら、多数派であるインドネシアムスリムは他教徒への謙譲と慈愛の精神を失っていると感じます。
もしキリスト教徒や仏教徒が深夜に鐘を鳴らしたり、護摩焚きをして大声で騒いだらどうするでしょうか? きっと抗議や実力行使で止めに来るでしょう。
あなたたちは他教徒から見れば迷惑以外の何ものでもありません。
インドネシアムスリムよ、インドネシアは民主主義であり、共和国です。決してムスリムの為の国家ではありません。 社会が協調し調和することこそ神が望んでいるとは考えないのか?
この地球で人命が失われる争いのほとんどに我々ムスリムが関係しているのは何故か? それを考え、祈ってほしい。
慈愛あまねく全能なアッラーの御名において。
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