またまたバリでの話題。
滞在したホテルでは写真のようなバリの民族音楽を奏でる楽器がロビー横に設置されていた。
毎日夕方近くになると、写真の人物が現れておもむろにその楽器を弾き始めた。
その楽器は11本の竹を半分に割ったものを木琴のように叩くことで音を出していた。
まぁ、バリ風竹琴と言えばいいのだろうか?
正直に言って彼の奏でる音楽を立ち止まったりして聞いているような客はまったく見かけなかった。
しかし、その美しい音色は自分を異次元に連れて行ってくれるような、それと同時に時を忘れさせてくれるような、なんとも表現のできないくらい心地良いものだった。
写真ではわかりにくいが、実はこの楽器を自由に操っているこの人物は盲目であった。そして彼の影に隠れるように実は女の子がじっと彼の傍らに寄り添っていた。
彼の娘さんなのかもしれない。
盲目にもかかわらず、ひとつひとつの竹の中心を両手別々に完璧に叩くことで描写のできないような素晴らしい音を奏でる彼と、何も言わずにいつまでもいつまでも彼の側で寄り添っている少女。
彼らのすぐそばに陣取って時には彼の楽器を凝視し、時には目を瞑って音だけに集中していると、いろいろな考えが浮かんできた。
彼は盲目にもかかわらず、何故あれほど完璧にこの楽器を弾きこなすのだろう?
視界のない世界とはどんなものなのだろう?
彼ら(彼と少女)は毎日何を考え、何を感じて生きているのだろう?
誰が彼の髪形や髭をあんなに丁寧に毎日整えているのだろう?
彼は自分の着ているものさえ、どんな色なのかもわかっていない。そんな世界で自分なら生活することができるんだろうか?
あぁ、超ド近眼だけれども、毎日当然のようにいろんなものを自分に見せてくれている自分の両目。
この両目のおかげで自分には視界のある生活ができる。
もっと大きく言えば、健康があるからこそ、今の生活がある。
健康、家族、仕事、友人、絆・・・・・
失くしたときにはじめて分かる大事なことで自分の毎日の生活は固められているといっても過言ではないだろう。
当然のことを当然ととらえずに感謝すること。
ありきたりだけれども、一番大切なことだと再認識することができた。
ありがとう。