いつも、読んでくださる皆さま、ありがとうございます。
今日は、私が、看護学生が実習に来た時に指導する、内容を少し話します。
病院には医師会の准看護師を目指す学生が実習に来ます。
1年生は、まだ現場に慣れることが大切です。
2年生は、実際に現場に入っていけるような、ちょっと進んだ実習を目指します。
必ず、1人ずつ患者さんを受け持ちます。
実習がはじまって2週間経過した頃に、学生みんなを集めて、1時間半ほどですが、終末期ケアについて私の想いを聴いてもらいます。
⭐️昔の日本は亡くなる時、どうだったのか?
今でこそ、ほとんどの方が病院で亡くなります。
昔のそれこそ昔の日本は、家で亡くなることも
多かったのです。
年老いて動けなくなって、ご飯が食べられなく
なったらそれで終わり、自然な見取りが行われて
いました。
⭐️医療の進歩と現実
医療は進歩しました。
ほとんどの方は、病気になったら必要なら入院
します。
家で倒れたら、救急車で病院に搬送されます。
急性期病院は、救命することが第一の目標です。
どんなに高齢であっても、家族が助けてください
と言えば、気管挿管され心臓マッサージをされ、
管をいっぱいつないで救命のための治療を行い
ます。
それでも、呼吸がうまく出来なくなった患者さん
は、気管切開が行われます。
※ 気管切開について
喉に穴を開けて、そこから呼吸をさせます。
痰がゴロゴロと溜まっても、こういう患者さんは
自分で喀出することは困難です。気管切開部から
気管に向けてチューブを入れ吸引を行います。
吸引をしている間は呼吸はできません。
息を止めた状態になります。
身体が飛び上がるぐらい辛い作業です。
喉に穴を開けることにより声が出なくなります。
(喋れるようにする器具はありますが、リハビリ
が必要です。誰もが可能というわけではあり
ません)
今、急性期での入院期間は短くなりました。
急性期での治療が終了すれば、家に帰るか、
施設に移るか、慢性期の病院に移るかの検討を
家族は迫られます。どこの病院にも、ソーシャル
ワーカーがいますので、次の場所を探してくれ
ます。
でも、気管切開していたり、酸素療法が必要なら
慢性期の医療療養型の病院に転院されてきます。
最近は、かなりの重症の患者さんでも転院して
来られます。
たまに、その日のうちに、次の日に亡くなられる
ケースも年間数件あります。
こういう患者さんを看取る時、すごい憤りを感じ
ます。
たった1日なのに、「ここに来て良かった。」と
泣きながら感謝された家族もいました。
「こんなはずじゃなかった。」と泣かれる家族
「死なせてくれ!」って言葉でない言葉で訴え
られる40歳代の患者さんー
この40代の患者さんの話をさせてください。
この方は、一度脳梗塞を発症された既往歴があり
ました。仕事に向かう夜間の高速バスの中で急変
急性期病院で治療し助けられました。
多分、エコノミー症候群だったのでしょうね。
その結果、基礎体力はあったので生還されまし
た。
でも、四肢麻痺、気管切開、意思疎通困難、
本人、家族の苦悩など、いろいろなことに対する
闘いが始まりました。首も自分では動かせません
枕がずれたら誰かが気がつくまで、そのままです
YES、NOは、目の動きで判断します。
機嫌の悪い時、苦手なスタッフには、反応され
ないこともあります。
私たちは慣れましたので、お話しながら冗談を
言いながらケアをします。そしたら、身体が上下
に揺れるくらい笑われるのです。
この方には、子どもさんもおられます。
奥さんは、家庭を支えるため仕事をされて
います。
実のお母さんは面接に来られた時、根気よく
文字板を使って想いを聴かれます。
「師長さん、本人がこんなことを言っていました」
と、よく言って来られてました。
必要なら、お母さんとゆっくり話をさせて頂いて
スタッフのことなら、各主任、リーダー、
受け持ちに伝えて対応します。
「最期はどうしてほしいか」先生たちの間で
本人に聴くべきだろうね。という話が出ました。
本人は頭はしっかりされています。
だから、余計に辛いのです。
検討の結果、やっぱり最期のことを本人に聴く
ことになりました。
奥さんが来られる夕方、奥さんから聴いてもらう
ことにしました。
結果ー
「何もしなくていい、何もしないでほしい。」
「こんなはずではなかったんです。」
長い闘病になります。
家族はよくそう話されます。
急性期から来られた患者さんは、経管栄養は必ず
されています。胃瘻も作られています。
(胃瘻は、延命にあたるということで、最近は
あまりされなくなったようです。)
気管切開をしたら、外すのは容易ではあり
ません。
「救急車を呼んだら、助けられるんだよ!
それが、急性期病院の仕事だからね。」
って、学生には話します。
でも、前で倒れられたら呼ばないわけには
いきませんよね。
生前に、自分の意志を家族にしっかりと伝えて
おくことが大切です。
でも、家族のいろいろな想い.思いがあり、
なかなか、うまくはいきません。
寝たきりでほとんど意識のない高齢者、家族は、
ほとんどが自然な見取りを希望されます。
でも、中には、「人工呼吸器を付けてでも助けて
ください。」と言われる家族がいます。
なぜなのだろう?とカルテをみたら、年金が
すごく多い。ということもあります。
そんなのは、私の思い過ごしでしょうがー
「お願いですから、これ以上、苦しめないで
あげてください。」
看護師も医師も言葉では言えません。
こころで叫ぶのです。
患者さんのところに行って、側に座って手を握り
ます。
「辛いですよねー」って話をします。
反応はなくても、耳は聴こえていますからー
⭐️耳は、最期まで聴こえていますから
人は、亡くなる前まで耳は聴こえています。
何度もそういう経験をしています。
心臓のモニターがフラットになりかけても、
身体をさすりながら声をかけると、モニターに
反応が出ます。
前にこんな経験をしました。
臨終に、奥さんが間に合いません。
下まで迎えに行きました。
「もう危ないです。」
奥さんが病室に入られた時、モニターはフラット
「お父さん、お父さん、来たよー」手をさすり
ながら声をかけられました。そしたら、モニター
に反応が戻りました。それも、30分経過
「そろそろ、楽にしてあげようかー」主治医が
奥さんに声をかけました。
声かけを止めて側に寄り添われていると、
モニターは、フラットになりました。
※ 耳は聴こえている‼️
状態が悪くなったら、こんなにも家族がいたのか
と思えるぐらいの人数か面会に来られます。
そして、言いたい放題となります。
「何で点滴してないんや!」
「葬式はどうする?」
そんなことになる前にー
私は一言、言わせてもらっていました。
「耳は聴こえていますから、側でいらないことは
言わないでくださいね。」とー
また、長くなりました。
脱線もしましたが、学生に伝えることはまだまだ
あります。
それは、次回にさせてください。
