ミズホはずーと沖を見ている。その横顔を見ていたタケシは急に吹き出した。そして大笑いをしたのである。


「何!」

ミズホは身を引いてタケシを見た。


「真剣なまなざしだなと思ってさ。何もそこまで真剣にならなくてもいいのに。」

と言って

「船はゆっくり動いてます」

と付け加えた。


「ううん、違うの!あの2艘目の船の奥の方に何か動いているの」

とミズホは真面目な顔して沖を指差した。


タケシは

「何処?」

と海を見渡している。


船以外何も無い海を見渡しているタケシにミズホは

「あれだってばぁ」

と指をさして、急に上に向けて掌でパーを作った。

真剣に海とミズホの指先を見ていたタケシは

「えーーーっ!!」


「ひっかかりましたね」

今度はミズホが手を叩いて笑い出した。


タケシも笑った。



「そろそろ、行きますかぁ、サーファーガール」

とタケシ。


「はい!ライダーカメラマン&シンガー」

とミズホ。


「なんだそりゃ、字あまりじゃん・・・」










二人は、暫く猿を見ていたがタケシが歩き出して

「こっち」

と言って手招きをした。


猿の檻から又右方向に歩いていくと下っていく階段があり、降りて数歩歩くとそこは海岸が一望できる場所があった。

曇り空なので、海空共にどんよりしている。漁船らしき船か3台ほど遠くに見え左に進んでいるのがわかるが速度はゆっくりで動いているのが解らない程だ。


タケシは背負っているリュックから額にはいった写真を取り出した。大きさは縦30cm横20cmほどのA4サイズの写真だ。そこには先日タケシが撮ったウインドウサーフィンのミズホが写っている。


「どう、よく撮れている?」

タケシはそれをミズホに渡した。


「ほほう、かっこいいね自分じゃないみたい。女の子って事はわかるけど。」

ミズホは両腕をのばして写真を見ている。


「紛れもない君だ。まあ撮った人の腕がいいからかもしれないけどね。」

タケシは自分の右腕を叩いた。


「確かに否めませんね」

ミズホは笑った。


沖の漁船はゆっくり動いている、タケシは指で測って

「5cmかな」

と言った。


「何が?」

ミズホはタケシを見た。


「あの船が動いた距離」

と沖の船を指差した。


指先から目を沖にもっていったミズホは

「あの船…動いてないよ」


「ところが少しずつ動いているんだな」

タケシは、言った。







簡素な檻を跨いでミズホがタケシの隣に来てヤギの頭を撫でた。ヤギは静かに頭を下げてなにやら口をもぐもぐしている。


「こいつ人を選ぶのかぁ」

タケシはちょっとふてくされた顔をした。


「確かにね。ところで今日これをやってた事知ってたの?」

ミズホは、しゃがんでヤギの頭を撫でながら聞いた。


「いや、知らなかった。あそこの猿でも見ようかなって思っていたんだ。猿の檻が新しくなった事は知っていたけどね」

タケシは、指を差した。その方向にはドーム型の大きな檻がある。その中に日本猿が数十匹飼育されていて最近その檻が新しくなったのだ。


二人は日本猿の檻に歩いて行った。


檻の回りを腰位の手すりがある。それをつかんでミズホは

「知らなかった。キレイになったね、何時リニューアルしたんだろう」


「それは知らないけど、結構前に来た時にはもうキレイになっていたな」


中では猿達があちらこちらで動き回っている。二人の側まで来た猿が何やら座って見ていた。


「餌が欲しいのかな」

タケシは言った。


「餌はあげちゃいけないんだよ。皆何か放り投げているけど」

ミズホは指で×を作った。


「あげたくても何も無いな」


猿は、諦めたのか二人から離れていった。









日曜日の披露山公園、中央の広場では小さな子供達がはしゃいでいて、その回りに大人達。そして、入ってはいけないのに白いワゴン車と荷台が付いたバンが止まっていた。

タケシとミズホが近寄ってみると「ふれあい動物園」と木で作ってある手描きの看板と言うか札が車の横に長け掛けてあった。

中を覗いてみると膝位の高さの簡単な檻が作ってある。直径で6m程だ。その中では子供達とウサギが追いかけっこをしていた。その横には白いヤギが繋がれている。餌のキャベツを男の子持って恐る恐る手を伸ばしていた。デニムのエプロンをした女の人が「怖くないよ」と話している。


「へえ、面白い」

とミズホが言った。


「中に入ってもいいですよ」

と若い男の人が言った。彼も同じ柄のデニムのエプロンをしていた。


ミズホは檻を跨いで中に入った。茶色と白の斑のウサギを見つけて追いかけてみたが動きが早く逃げられてしまった。キャベツを貰ってしゃがんでいるとウサギの方から近寄ってきてキャベツを食べている。

そっと手を伸ばしてミズホはその斑のウサギを抱きかかえた。彼女はタケシに向かって笑顔でピースサインをした。


「ナイスキャッチ」

タケシは、携帯でその模様を撮った。


ミズホは、他のウサギを追いかけ今度は白いウサギを捕まえた。回りでは子供がウサギを追いかけたり、恐がって触れず泣いている子供もいて「大丈夫だよ」と係りの女の人が子供に言っている。


檻の回りでは親達がカメラで自分の子供の写真を撮っていた。それを見ていたミズホが

「私子供?」

と言ってタケシを見た。


「違和感はないかな」

タケシは笑顔だ。


ちょっとムッとした顔をしたが彼女も笑顔になって

「タケシも入っておいでよ」

と言った。


「いや、俺はこっちでいい」

と言って、繋がれている白いヤギの方に行き頭を撫でた。

その時、ヤギが頭を大きく振ってタケシの手をはじいた。ビックリして後ずさったのを見て、ミズホは手を叩いて笑った。

係りの人達や子供に親達も笑っている。


「おにいちゃん、気をつけないと」

近くにいた女の子がタケシに言った。それを見て皆大笑いになった。












坂を登り切った所が駐車場で、そこには既に車がほぼ一杯止まってた。平日は殆ど空いているのだが今日は日曜なので家族連れが多く来ている様だ。

タケシは、バイクを空いている駐車スペースに止めた。天気は鈍よりの曇り空、雨は先ず降らないだろうと彼は思った。


「披露山公園かぁ」

ミズホは駐車場の端に立って空を見上げた。遠くに海が見える筈だ。


「来た事あるの?」

タケシは、ヘルメットをフックにかけながら聞いた。


「当たり前でしょう、近くなんだから。でも最近は来ないなあ、もう2か3年」


二人は、駐車場から左に向かって歩き出した。


「結構前にここで映画の撮影があってさ・・・」

タケシは歩きながら言った。


「知ってるよ、観た、DVDでね。」


「その時、公園の中まで車が入っていてさ、ちょっと違和感がしたんだよね」


「映画だからいいんじゃないの、地元だといけない事は解っているけど」


程なく公園まで上がってきた二人は

「いっぱい人がいるね」

と同時に言った。











~3~


6月中旬を過ぎると日本列島を南から梅雨前線が北上してくる、只沖縄は既に梅雨明けだ。

湘南もどんよりした雲が広がっている事が多くなって来ているのだが今年は本格的な雨は降ってはいない。所謂シトシトした雨が降っては止んでといった感じなのだ。気温も上がらず肌寒い日が続いた。

タケシは、バイクにミズホを乗せて逗子に向かっている。

午前の11時に材木座海海岸入口に迎えに行っての待ち合わせだ。

ミズホの写真をパネルにしたとタケシは彼女に連絡したのが2日前の金曜日。前に会った時に決めていた写真だ。

材木座に着いた時にミズホは既に待っていた。


「見せて」

とパネルの写真の事を言ったが


「ちょっと走らない、直ぐ其処に面白い場所があるんだ」

タケシはバイクのシートを叩いた。


ミズホは頷いて、シートにまたがって

「何処に行くの?」

と聞いた。


「きっと気に入るから、それまで内緒だ」

とタケシはエンジンをかけてバイクを走らせた。


鎌倉から逗子に行くには材木座からだと逗子マリーナを通るのが早いのだがタケシは一度鎌倉方面に少し戻りJR横須賀線の踏み切りを渡って有名な3つのトンネルを走る事にした。

鎌倉からだと名越隧道、逗子隧道、小坪隋道と並ぶ。その3つ目の小坪隋道が有名なお化けトンネルと言われるのだがタケシには霊感は全く無い。

トンネルを過ぎて道路は下って逗子市に入った。と云うより一つ目の名越隧道でもう逗子に入る。

程なく走って小坪入口の信号を右折、小さな橋を渡り披露山公園入口を左折して坂をバイクは登って行った。











席に戻ったタケシにミズホは拍手を送って

「パスタ屋さんじゃないね」

と笑顔で言った。


「プロになるには、こんなもんじじゃダメなんだよ」

タケシは、水を飲んで座った。


「でも、何でも最初から出来るものじゃないでしょう?歌は歌いたくないの?」

ミズホはジュースを飲んだ。


「夢は夢で終わらせたくないんだ」


「きっと大丈夫だと思うけどなぁ」

頬杖をついて宙を見ている。


「そんなに甘くないんだぜ、まあテクニックは超一流だけどね」

タケシは、微笑んでる。


「じゃあ、私が一番目のファンになってあげる」

ミズホは人差し指を上げた。


「残念、二番目だね」


「エー!誰なの?」


「それは内緒ですよ」


カウンターで聞いていたグッサンとタケシは目が合った。それを見ていたミズホとも目が合って、グッサンはウインクをした。彼女はそれ以上は聞かず只

「ふーん」

と又宙を見上げた。


それから暫くして二人は店を出た。

タケシはミズホを材木座まで送って、湘南台に帰って来たのが午後11時を回っていた。













タケシは微笑んでる。ウェザーリポートの中は1/3の人で埋まっている状態だ。


「じゃあ、最後の曲にします。」

と言って、タケシはギターを弾き出した。今度はアップテンポの曲。8ビートだ。


「『アーバン・カウボーイ』」


♪月がとっても綺麗な浜辺の夜だよ

海岸道路 あの島まで飛ばしてみないかい


忘れられないあの娘 今は如何しているのかな

ちょっと次の信号を 右折するだけでいい


気取った態度で タバコに火を点ける

それも年期の入った 銀のジッポで…


アーバン・カウボーイ

時代に取り残された男達よ

アーバン・カウボーイ

俺はこの道を行くまでだ!


水平線が真っ赤に染まり朝日が

俺の身と心をシャキッとさせるようだぜ!


そうさあの娘が此処にいたならきっと言えたさ

粋な言葉で浜辺のラブソングなんて


赤い帆のヨットが沖に出て行く

それを振り返らずに この海を去ろう…


アーバン・カウボーイ

時代に取り残された男達よ

アーバン・カウボーイ

俺はこの道を行くまでだ!


思い出幾つかやり過ごしてきたが

どれも大事な人々の 暖かいつながり…


アーバン・カウボーイ

時代に取り残された男達よ

アーバン・カウボーイ

俺はこの道を行くまでだ!

アーバン・カウボーイ

時代に取り残された男達よ

アーバン・カウボーイ

俺はこの道を行くまでだ!♪



最後にギターをかき鳴らして歌は終わった。


「ありがとう ございまーす!」

タケシは、回りを見渡して、頭を下げた。









タケシは、ゆっくりとギターを弾き出した。Gコードのアルペジオから始まる。

「『Star Dust』」

 


♪飾った言葉でしか あなたに話せなくて

回り道した愛だから もう少し時間を下さい

窓辺の白いテーブルに ビアグラスで花を沿え

今にも降りそうな星屑 あなたにも見せて

あげたい今


夢誘うこの時 僕は見上げてるよ

波打ち際を誰かの 影が横切って行く

よく冷えたペリエに口をつけて 思い出メロディが浮かぶよ

今だけ輝き続けて あなたの心の

様に美しく


今にも降りそうな星屑 あなたにも見せて

あげたい今


Star Dust もう一度だけ

Star Dust 願いを込めて…♪



ウェザーリポートの中は一瞬静まり返った。グッサンが拍手をすると回りから拍手が上がった。

タケシが歌っている間に又二組お客さんが入って来た。


「ほほう、珍しい」

とジュンは呟いた。ライブの無い日のウェザーリポートは殆どお客は来ない。来るとすれば近所の知り合いがお茶をしに来る事位なのだ。


「人を呼ぶな、タケシ」

グッサンはタケシを見た。










「素敵!」

ウェザーリポートに入って来た二人組みの女性が言った。


「イーネ!」

もう一人の女性も拍手をしている。

「good for you!」

と拍手の手は上に上げられていた。


彼女らがオーダーしたレアチーズケーキとアップルパイのセットを持って来たグッサンが

「プロになっても可笑しくないんだけどね、彼」

と言ってテーブルにコーヒーとアイスティを置いた。

レアチーズケーキは台のスポンジケーキは市販の物を使って上のレアチーズはグッサンのオリジナルだ。アップルパイは全てグッサンが作っている。他にチョレートケーキがあるのだがレアチーズとチョコレートケーキは一日限りの限定、売り切れれば終わり、アップルパイは焼き菓子なので3日は持つ。


「美味しい!」

とアップルパイを一口食べた女性が言った。


「ありがとう御座います。彼、プロになっても充分やっていけると思うのですがね」

グッサンはまるでひとり言のように呟いた。


「ここって、カウワイが出ていた所ですよね」

もう一人の女性が言った。


「そうですよ。彼等はやっとメジャーにになりました。ファンの方ですか?」


「はい、プチ追っかけです」


グッサンは微笑んで、タケシの方に顔を向けて

「次は彼がと思っているのですが…どうでしょう?」


「カウワイとちょっと違うみたいだけど、どこが違うのかな?」


「カウワイは湘南とハワイを愛して、それを歌にしているんですよ。でも彼は湘南だけが大好きなんです、産まれて育った所だからかも」

グッサンは腕を組んだ。


タケシはステージで1,2弦のチューニングを終えて、

「今の曲は『お出かけサーファーガール』」

と言って

「では次の曲に…バラードにしましょうかね」