(45) 安楽仏国にいたるには  無上宝珠の名号と  ー清らかさの意味ー | 新・坊主日記

新・坊主日記

2007年2月22日からブラジルの、サンパウロ別院でお仕事をする事になりました。
日本とは場所も言葉も文化も違うところですが、人間が喜怒哀楽の中で生きているのは同じです。
沢山の人たちに出会って共に学び合いたい!
坊主日記、2014年からはマリリア編に突入!

おはようございます。ご機嫌いかがですか?

シュウチャンネルのしゅうです。

今日も一緒にお参りをいたしましょう。

 

もう12月ですね! 昨日はアユルベーダをしてもらって調子がいいです。しかし昨晩ベッドから落ちてしまいちょっと体が痛いです。眠っているときに金縛りにあってそこから開放されるためにもがいていたらベッドから落ちてしまいました。

私が使っているベッドはかなり高さがあるし、床はタイルなので結構危なかったです。実はこれで3回目です。マリリアに来てからこの症状が始まったと思います。

 これからは床に寝ようと思います。

 

今日は『大無量寿経』です

http://labo.wikidharma.org/index.php/%E4%BB%8F%E8%AA%AC_%E7%84%A1%E9%87%8F%E5%AF%BF%E7%B5%8C_(%E5%B7%BB%E4%B8%8A)

 

O Sutra Maior Sobre o Buda da Luz Infinita

https://www.terrapuradf.org.br/wp-content/uploads/2012/05/sutra-maior.pdf

 

 

 

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(45)

安楽仏国にいたるには

 無上宝珠の名号と

 真実信心ひとつにて

 無別道故とときたまふ

 

(45)

安楽仏国にいたるには

无上宝珠の名号と

ニヨイホウシユノタマナリ コノホウシユハニゴレルミヅニイルレバミヅハスメドモミサビヰズ スイシヤウハニゴリミヅニイルレバミサビヰル カルガユヘニスイシヤウオバマンギヤウマンゼンニタトヘホウシユオバミヤウガウニタトフ

真実信心ひとつにて

无別道故とときたまふ

 

無上宝珠

むじょうほうしゅ

  【左訓】「如意(livremente Livre liberdade)宝珠のたまなり。この宝珠は濁れる水に入るれば、水はすめども身さびゐず。水晶は濁り水に入るれば、身さびゐる。かるがゆゑに水晶(cristal)をば万行万善にたとへ、宝珠をば名号にたとふ」(異本)(高僧 P.586)

 

名号を無上宝珠(如意宝珠)にたとえる『論註』には、

かの阿弥陀如来の至極無生清浄の宝珠の名号を聞きて、これを濁心に投ぐれば、念々のうちに罪滅して心浄まり、すなはち往生を得。またこれ摩尼珠を玄黄の幣(きぬ)をもつて裹(つつ)みてこれを水に投ぐれば、水すなはち玄黄にしてもつぱら物の色のごとくなり。

かの清浄仏土に阿弥陀如来無上の宝珠まします。無量の荘厳功徳成就の帛(はくーきぬー)をもつて裹(つつ)みて、これを往生するところのひとの心水に投ぐれば、あに生見を転じて無生の智となすことあたはざらんや。(論註 P.126)

とある。御開山は『浄土文類聚鈔』では

 いま庶はくは道俗等、大悲の願船には清浄の信心を順風とし、無明の闇夜には、功徳の宝珠大炬(だいこー大きなたいまつー)とす。心昏く識寡なきもの、敬ひてこの道を勉めよ。 (浄文 P.484)とされておられる。 名号(なんまんだぶ)は、生見(凡夫の情)を転じて無生の智となすのである。

 

同一念仏…

同一念仏 無別道故 どういつねんぶつ-むべつどうこ

 「同一に念仏して別の道なきがゆゑに」(行巻訓) (行巻 P.186,証巻 P.310,真巻 P.372,二門 P.546 ,一代記 P.1320

http://labo.wikidharma.org/index.php/同一念仏…

 

Anraku Bu’koku ni itaru ni wa

Mujô hôju no myôgô to

Shinjitsu shinjin hitotsu ni te

Mubetsu dôko to toki tamô

 

Para se atingir a Terra Búdica da Paz e Alegria,

Não há outro caminho que não a Senda Única da Verdadeira Fé no Nome Sagrado de Amida,

Que é como uma joia de valor inestimável.

Assim afirma o Mestre Donran.

 

Kôsô Wasan (Hinos em louvor dos Patriarcas) composto pelo Tonsurado Ignorante Shinran

– Hinos em louvor a Tan-luan (Donran Kashô).

Rev. Wagner Haku-Shin / Shinshû Ôtani-Ha Apucarana Nambei Honganji

http://honganji.org.br

 

 

 

お西オフィシャル

 

(45) 

Para se atingir a Terra da Bem-aventurança do Buda 

Só há o Nome como a jóia de valor inestimável 

E a Fé Verdadeira; 

Não há outra senda. Assim, afirma T'an-luan. 

 

inestimável

[inesti ́maveɫ]

形 〖複 ~eis〗 

1 測ることのできない,計算できないほどの. 

2 測り知れないほど値打ちのある,評価できないほど貴重な:

oportunidade inestimável

この上ないチャンス

 

感話

如意宝珠のエピソードが面白かったですね。

我が身を犠牲にして人を助ける。自分もともに汚れて人を助けるのではなく、自らもまったく汚れることなくともに助かっていく働きを表しているのです。

『歎異抄』に

慈悲に聖道(しようどう)・浄土のかはりめあり。聖道の慈悲といふは、ものをあはれみ、かなしみ、はぐくむなり。しかれども、おもふがごとくたすけとぐること、きはめてありがたし。浄土の慈悲といふは、念仏して、いそぎ仏(ぶつ)に成(な)りて、大慈(だいじ)大悲心(だいひしん)をもつて、おもふがごと く衆生(しゆじよう)を利益(りやく)するをいふべきなり。今生(こんじよう)に、いかにいとほし不便(ふびん)とおもふとも、存知(ぞんじ)のごとくたすけがたければ、この慈悲始終(しじゆう)なし。しかれば、念仏申すのみぞ、すゑとほりたる大慈悲心にて候ふべきと云々。

 

という言葉があります。

また

ぞうきんは
他のよごれを
いっしょけんめい拭いて
自分は よごれにまみれている
(榎本栄一 『群生海』)

 

という詩があります。一見相反しているようにも思いますが。

同じ世界を表現していると感じるのです。

 

汚れにまみれている美しさが「如意宝珠」の浄土の道であり、すべての人が救われていく、仏となっていく道なのではないでしょうか?

 

 

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