5-2 Carta sobre os oitenta mil ensinamentos do Tesouro do Dharma. ブラジル🇧🇷お寺から朝のお参り中継🙏😃
さて、今日は正信偈のお参りです。
こちらからお勤めの本をダウンロードできます。 (無料です)
正信偈は29ページからとなります。動画内でもページ数をアナウンスしております
ご質問、意見、感想などなんでもコメントください。
お待ちしております。
5-2 八万法蔵の御文
(2)
それ、八万の法蔵をしるといふとも、後世をしらざる人を愚者とす。たとひ一文不知の尼入道なりといふとも、後世をしるを智者とすといへり。しかれば当流のこころは、あながちにもろもろの聖教をよみ、ものをしりたりといふとも、一念の信心のいはれをしらざる人は、いたづらごとなりとしるべし。されば聖人(親鸞)の御ことばにも、「一切の男女たらん身は、弥陀の本願を信ぜずしては、ふつとたすかるといふことあるべからず」と仰せられたり。
このゆゑにいかなる女人なりといふとも、もろもろの雑行をすてて、一念に弥陀如来今度の後生たすけたまへとふかくたのみまうさん人は、十人も百人もみなともに弥陀の報土に往生すべきこと、さらさら疑あるべからざるものなり。あなかしこ、あなかしこ。
感話
ふつとたすかるといふことあるべからず」の「ふつ」を「急に」「いきなり」「突然に」という意味で読んでいましたが、本来の意味は「完全に」「まったく」なのでした。
やはり注釈のある本があるとありがたいです。思い込みで読むと危険ですね。
今日の御文も、日本では自宅にお参りに行った時によく拝読する御文の一つです。日常でも頭でっかちでは何もならない、とか大学出たからと言ってすぐ通用するわけではないなど言われますね。知識や言葉の記憶をたくさん詰め込んだだけでは人生の山や谷、波を乗り切れませんよ。という意見は今もよく聞きます。
しかし蓮如上人は「だから臨機応変に知恵を働かせなさい」とはおっしゃらず、「阿弥陀仏の本願を信じましょう」
とおっしゃっているのが大きく違うところです。これはいったいどういう事でしょうか?
それは私たちのどんな知恵や経験を持ってしてもそのそこに自分自身の分別心やエゴがあることに気がついて、そこから解放されなければ愚かな闇に飲まれてしまうという事を教えてくださっているのです。
ここでいう開放とは「どんな闇をも照らす知恵の光と全ての人を愛しむ止まる事を知らない慈悲の願いに出会う事なのです」それを「阿弥陀仏の本願」と名付けています。
今日の御文では詳しい解説はないですが、御文全体にその知恵と慈悲を込めて書かれているのです。ですから毎日くり読みしているのだと思います。
それではまた明日一緒にお参りしましょう! チャオチャオ!
please subscribe to my channel
Inscreva-se no canal Por favor!
↓動画が面白かったら、いいね評価やチャンネル登録をよろしくお願いします↓
https://www.youtube.com/user/shuizuhara
Youtube チャンネル登録よろしくお願いいたします。
SMSもやってます、リンク大歓迎
Bloggerブログ
https://izushui.blogspot.com.br/
https://twitter.com/ishui
https://www.facebook.com/shu.izuhara
https://www.instagram.com/izushu/?hl=ja
人気blogランキングに参加しています
1クリックをよろしくお願いします
↓ ↓ ↓
こちらもよろしくね。
\(^o^)/


