3ー11 毎年文闕の御文 Bom dia Rito matinal do Templo em Marília. ブラジル🇧🇷お寺から朝のお参り中継Live.
阿弥陀経 8ページ
短念仏
和讃 十方微塵世界の 添 万行の 50ページ
です。 御文はページの下に原文を掲載して、リンクを辿れば言葉の意味もわかるようになっております。
最後に私の感話を書いています。 感想や質問、なんでも書き込みしてくださいね。
3ー11 毎年文闕の御文
(11)
そもそも、今月二十八日は開山聖人(親鸞)御正忌として、毎年不闕にかの知恩報徳の御仏事においては、あらゆる国郡そのほかいかなる卑劣の輩までも、その御恩をしらざるものはまことに木石にことならんものか。これについて愚老、この四五箇年のあひだは、なにとなく北陸の山海のかたほとりに居住すといへども、はからざるにいまに存命せしめ、この当国にこえ、はじめて今年、聖人御正忌の報恩講にあひたてまつる条、まことにもつて不可思議の宿縁、よろこびてもなほよろこぶべきものか。しかれば自国他国より来集の諸人において、まづ開山聖人の定めおかれし御掟のむねをよく存知すべし。
その御ことばにいはく、「たとひ牛盗人とはよばるとも、仏法者・後世者とみゆるやうに振舞ふべからず。また外には仁・義・礼・智・信をまもりて王法をもつて先とし、内心にはふかく本願他力の信心を本とすべき」よしを、ねんごろに仰せ定めおかれしところに、近代このごろの人の仏法知り顔の体たらくをみおよぶに、外相には仏法を信ずるよしをひとにみえて、内心にはさらにもつて当流安心の一途を決定せしめたる分なくして、あまつさへ相伝もせざる聖教をわが身の字ちからをもつてこれをよみて、しらぬえせ法門をいひて、自他の門徒中を経回して虚言をかまへ、結句本寺よりの成敗と号して人をたぶろかし、物をとりて当流の一義をけがす条、真実真実あさましき次第にあらずや。
これによりて、今月二十八日の御正忌七日の報恩講中において、わろき心中のとほりを改悔懺悔して、おのおの正義におもむかずは、たとひこの七日の報恩講中において、足手をはこび、人まねばかりに報恩謝徳のためと号すとも、さらにもつてなにの所詮もあるべからざるものなり。されば弥陀願力の信心を獲得せしめたらん人のうへにおいてこそ、仏恩報尽とも、また師徳報謝なんどとも申すことはあるべけれ。この道理をよくよくこころえて足手をもはこび、聖人をもおもんじたてまつらん人こそ、真実に冥慮にもあひかなひ、また別しては、当月御正忌の報恩謝徳の懇志にもふかくあひそなはりつべきものなり。あなかしこ、あなかしこ。
[文明七年十一月二十一日これを書く。]
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