2−7易往而無人の御文 映画バクダットカフェに寄せて、なぜ浄土は誰でも行けるのに人がいないの?  | 新・坊主日記

新・坊主日記

2007年2月22日からブラジルの、サンパウロ別院でお仕事をする事になりました。
日本とは場所も言葉も文化も違うところですが、人間が喜怒哀楽の中で生きているのは同じです。
沢山の人たちに出会って共に学び合いたい!
坊主日記、2014年からはマリリア編に突入!

Carta do sobre “ fácil ir nascer, porém não há ninguém que nasça lá “

 

みなさんおはようございます。 

今日はポルトガル語の翻訳があったのでYouTubeの表題をまずはポルトガル語で、そして次に日本語で書こうと思ったら

100字の制限に引っかかってポルトガル語だけの大になってしまいました。

 毎日中継してます。基本日本語なのですがポルトガル語でお話しも挑戦しております。

13年もブラジルにいるのに下手でありますが、これも毎日やり始めて少しは上達が感じられます。。。。

 

さて今日は正信偈のお参りです。

こちらからお勤めの本をダウンロードできます。 (無料です)

正信偈は29ページからとなります。動画内でもページ数をアナウンスしております。

 

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それではお参りご一緒しましょう。

 

 

易往而無人の御文

 

しづかにおもんみれば、それ人間界の生を受くることは、まことに五戒をたもてる功力によりてなり。これおほきにまれなることぞかし。ただし人界の生はわづかに一旦浮生なり、後生は永生の楽果なり。たとひまた栄華にほこり栄耀にあまるといふとも、盛者必衰会者定離のならひなれば、ひさしくたもつべきにあらず。ただ五十年・百年のあひだのことなり。それも老少不定ときくときは、まことにもつてたのみすくなし。これによりて、今の時の衆生は、他力の信心をえて浄土の往生をとげんとおもふべきなり。そもそもその信心をとらんずるには、さらに智慧もいらず、才学もいらず、富貴も貧窮もいらず、善人も悪人もいらず、男子も女人もいらず、ただもろもろの雑行をすてて、正行に帰するをもつて本意とす。

その正行に帰するといふは、なにのやうもなく弥陀如来を一心一向にたのみたてまつる理ばかりなり。かやうに信ずる衆生をあまねく光明のなかに摂取して捨てたまはずして、一期の命尽きぬればかならず浄土におくりたまふなり。この一念の安心一つにて浄土に往生することの、あら、やうもいらぬとりやすの安心や。されば安心といふ二字をば、「やすきこころ」とよめるはこのこころなり。さらになにの造作もなく一心一向に如来をたのみまゐらする信心ひとつにて、極楽に往生すべし。あら、こころえやすの安心や。また、あら、往きやすの浄土や。これによりて『大経』(下)には「易往而無人」とこれを説かれたり。この文のこころは、「安心をとりて弥陀を一向にたのめば、浄土へはまゐりやすけれども、信心をとるひとまれなれば、浄土へは往きやすくして人なし」といへるはこの経文のこころなり。

かくのごとくこころうるうへには、昼夜朝暮にとなふるところの名号は、大悲弘誓の御恩を報じたてまつるべきばかりなり。かへすがへす仏法にこころをとどめて、とりやすき信心のおもむきを存知して、かならず今度の一大事の報土の往生をとぐべきものなり。あなかしこ、あなかしこ。

  [文明六年三月三日これを清書す。]

 

 

感想

実に不可解な構成になっていて読んでいて不思議な気持ちになります。

阿弥陀の浄土は素晴らしいとこで、差別なく全ての人を救うと説明してくれます。そして、大いなる安らぎの世界で、簡単に誰でも差別なく行けるのです。 そして、そういうわけだからお経には浄土には行きやすいけれどいく人は少ないと書いてあるのですよと説くのです。 文章のすじとして、「そういうわけで」っておかしくないでしょうか?

 つまり浄土は差別なく誰でも行けるところは浄土や阿弥陀様が拒否するのではなく、人間が自ら行くことを拒んでいるということでしょう。 平等で勝ち負けのない安らかな世界を本当に望んでいるのか? その確かめを促されるお手紙です。

バクダットカフェという映画がありました。ある夫人が砂漠の中に建っているモーテル「バクダッドカフェ」にたどり着いて住み着くことによって、ギスギスしていたそのモーテルの住民の心が癒されて友情が芽生えていく素晴らしい映画なのですが、その最後のシーンでどうしても馴染めなかった一人がそのモーテルを出ていくシーンが印象的でした。

 だいぶ前に見た映画なので間違っているかもしれませんが、「コーリング・ユー」という曲もヒットしたのでご存じの方も多いのでは? 私は映画の冒頭で弾くバッハのピアノの素晴らしさに打たれてその曲を練習したこともいい思い出です。

 全ての人が仲良くなり愛し合うその中でギスギスしていた時の方が良かった人が一人いたのです。いえ、ギスギスしていた時は自分も他人も同じというところで安心していたのではないでしょうか? ともかく映画はよくあるハッピーエンドで終わらなかったのが印象に残っています。

 浄土は素晴らしいところである、差別も何もない。平等で平和で全ての人が愛し合っている。それが不安でしょうがないのです。不満でしょうがない。だから自ら地獄を選ぶ私たちには阿弥陀の本願力に、他力の信心に救われるしかないと説くのではないでしょうか?

  わたしには、私を呼んでいる声が聞こえてるのか?

 

 

 
 

 

 

 

 

 

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