一夜賢者 ーおばあちゃんからいただいた教えー | 新・坊主日記

新・坊主日記

2007年2月22日からブラジルの、サンパウロ別院でお仕事をする事になりました。
日本とは場所も言葉も文化も違うところですが、人間が喜怒哀楽の中で生きているのは同じです。
沢山の人たちに出会って共に学び合いたい!
坊主日記、2014年からはマリリア編に突入!

今年で52歳。歳は毎年とるもんだけど、年取ったなー

とえらく感じる。

そろそろ死ぬなー とも今まで以上に感じる。

 

子供の頃から身体は強い方ではなかったので、歳をとっても体力の低下とかあまり感じないのではないかと想像していたけれど、やはり落ちるもんだなと実感

 

よく父が60歳からガクッと落ちる人とと落ちない人と別れると言っていた。酒飲みで若い頃元気に飲んで体力に自信がある人が案外60歳すぎてガックっといくから「お前も気を付けろよ」と言っていた。 まだ60までには8年あるけどもうそれがきているのではないかと思う。 もし60まで生きていたらその時はもっとガクッと落ちるなーとまた日記を書いているかもしれない。

 

お寺の掲示板に「歳取ってダメになったというけど、ダメな者がが歳をとったんだよ」という法語があって面白がって私も法話の時に使っていた。 似た法語シリーズでは「若者しかるなきた道じゃ、年寄り笑うないく道じゃ」というのがある。

わかりやすいからウケるのだけど、いよいよ年寄り側に軸足が移っていく身になると、身につまされる感じもする。

 

こんなことがあった。

ある元気なおばあちゃんが私と話している時にふと自分自身の手の甲を見て「こんなにシワシワでシミだらけで、ほんとにイヤだ」と悲しそうにおっしゃった。 

その時私は不思議に思ったのを覚えている。

そのおばあちゃんのてはもう何年も前からシワシワで手の甲にも腕にもシミがあったのになんで今更嘆くんだろうか?

失礼な感想かもしれないけど、そう言う思いがわずかによぎっただけでそのまま会話をつづけた。

「いえ、いえそんなことないですよ」といいながら。。。。。

 

その数ヶ月後にそのおばあちゃんは体調を崩しておてらにおいでにならないようになった。いつも体調を崩しても早めに元気になる方なのに回復が遅いのでお見舞いに行こうとファビアが言うので一緒に行った。自宅のベッドでちょうど看護婦さんもおいでになっていて点滴を打ったりしておいでになった。

 その時も足が痛いことや食欲がないことも話されたが最後に自分の老いが表現された手を見つめて悲しそうに嘆かれた。二度目だったので以前よりも印象に残ったのを覚えている。

 

その数週間後におばあちゃんは亡くなってしまった。マリリアのお寺の初期からの御門徒で元気の良い婦人会長までされた方である。 とてもチャキチャキした方で皆を率いて仏教を大事にされている方でした。

大変お世話になりました。

 

老いを嘆く時その表現はシワが増えたとかシミが増えたとか、体力が落ちたとか様々なマイナス表現があるが、それらの言葉では表現し得ない悲哀な様がそれらの言葉の裏にあるとおもう。表現しきれない今まで言葉にまでできないあやふやなもどかしい気持ち。 おそらく歳を取るまで生きた多くの人が抱く感情だが共有しづらい気持ちが「ああ!こんなシワシワのシミだらけの手になって」という言葉に込められているんではないかと思う。

 

そんなことを私自身52歳になって何かしら今までとは違うタイプの衰えを感じている時の大事な言葉としてここ数ヶ月わたしの周辺に漂っている不思議な気持ちである。

 

ハゲの人が毛をかき集めて髪型をフォローするのをみていて、若い頃は禿げたら丸坊主にした方が潔よいと思っていたが、その意味少ない髪の毛を維持する意味もわかってきた。それも見た目だけではない理由がある。

生命力、活力、体力、精神力、いろいろなそれぞれの力を代表する力を残しておけるように手綱を残しておきたいのだ。

 

歳を取ると当たり前のようにあった何かが手のひらからこぼれ落ちていくのだなー それがなんだったのか持っている時にはわからない。でもこぼれ落ちていく時もそれの本体は何なのか気付いていないのかもしれない。 髪の毛や、シワや、シミや、体力や・・・・・ 一つ一つは数える事はできるかもしれないけど、本当に失われているものは何なのか? もしかしたら失われていないのかもしれない。得ていないものは失うこともできないから。

 

 

 過ぎ去れるを追いかけることなかれ
 未だ来たらざるを念(おも)うことなかれ
 過去、そはすでに捨てられたり
 未来、そはいまだ到らざるなり

 されば、ただ現在するところのものを
 そのところにおいてよく観察すべし
 揺らぐことなく、動ずることなく
 それを見きわめ、それを実践すべし

 ただ今日まさに作すべきことを熱心になせ
 たれか明日死のあることを知らんや
 まことにかの死魔の大軍と
 遭わずということ、あることなし

 かくのごとくよく見きわめたるものは
 心をこめ、昼夜おこたることなく実践せん
 かくのごときを一夜賢者という
 また、心しずまるものとはいうなり

<以上『この人を見よブッダ・ゴータマの生涯』佼成出版社増谷文雄名著選から>

 

 

 

 

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