これは禁煙日数、新記録を生み出す予感がします。
今が一番肉体的に辛い時。
私の場合頭におできがいくつか出て、腫れてくるのです。まるで孫悟空の頭にはめられている輪っかのような感じでそれが頭を締め付けます。 それが数日続いておできが消えた頃が肉体的な禁断症状?の終わり合をつげるようです。
おそらくあと三日ほどこの症状が続くと思われます。
昨日はブラジル・サンパウロに来て三回目の経験。 おじいちゃんが亡くなりそうなので病院に来て欲しいという依頼が、 以前にも書いたけれど昔は日本でも亡くなる前に坊主が来て最後の言葉をかけてあげて、医者の代わりに臨終の確認までしていたそうです。
ブラジルではカトリックがやはり亡くなる前に神父を呼ぶ習わしがあるそうで、それも手伝ってでしょうか?
ときどき坊さんに来て欲しいと依頼があるのです。
今回はリベルダージのバンディランティス病院の集中治療室に向かった。
病院に入るとたくさんの人で、日本で入院したことを思い出した。
この世にはなんと病人の多いことか!
と、自分も入院いているのにしきりに思ったことを。
集中治療室に入るとほとんどの人が人口呼吸器を付けて寝ていた。
痛ましい光景である。
おじいちゃんのところへ案内されると、同じく人工呼吸器を付けられて眠っている、二日前から意識不明で、モニターに心電図や心拍がリアルタイムで表示されている。
日頃から「死にそうになったら僧侶を呼ぶように」といわれていたそうである。
「耳は聞こえている」とお医者さんはおっしゃっていると私も聞いていたので、耳元で挨拶をして、家族一緒に『正信偈』のお参りをしました。
娘さんは泣いていました。
お勤めの後に息子さんが「おじいちゃんは毎日お勤めをしていました」と言われたので
「きっと、おじいちゃんにも聞こえていて一緒にお勤めされたと思います」
とこたえたら頷いておいででした。
お勤めの途中に目が少し開いたようでした。心拍数も来た時は80くらいでしたが、お勤めが始まったら60前後になったので、やっぱり意識は無くても聞こえているのか、体が自然とわかるのだと感じた。
日本で痴ほうの老人法務に行った時にボケている老人でもお勤めが始まると一緒に暗唱している方に大勢会って、意識の表面ではないところまで仏法に触れて来た人を間近に見て感動したのを思い出しました。
念仏者の涅槃に立ち会って大変感動しました。
日本でもこういう風習が復活したら素晴らしいと思います。
今から、お葬式に行ってきます。
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