ブラジルはサンパウロ生まれのサンパウロ育ちは「パウリスタ」そして同様の事をリオでは「カリオカ」という。
その王女は、大きな目を私に向けて怒った風でもなく、といって軽蔑したようでもなく、まるで平常心、ゆっくりとした口調で「日本人よりアメリカ人の方が断然優しい」と言って、ゆっくりときびすを返し従者を従えてゆっくりと立ち去っていった。
もちろん実際は従者はいない。彼女の立ち去るその神々しさに見えるはずのない従者が見えたのだ。
スラリと足が長いせいだろうか、肌の色が黒いせいだろうか?
たぶんその二つが相まって、すっとコパカバーナの闇夜にとけ込んでいった。
わたしはすごく厳しいことを言われたのに、なんだかありがたいような気持ちになった。
わたしが一方的に悪いのではないのに、気の毒な事をしたような気持ちになった。
真実を述べる時のあの目、言い方、やさしい口調なのに揺ぐことのない魂がしっかりと心に届いた。
わたしは以前、自分も年を重ねたらきれいなお姉さんも、年下の幼子のように感じる日がくる思っていた。
しかし、自分がたとえ三回生まれ変わってもお姉さんの年を越える事は出来ない事を知った。
人間がライオンの年齢を越えるとか、幽霊が人間の年を超えるという話が噛み合ないのと同じなのだと思う。
彼女は年に一度のカルニバルに全てをかけているダンサーで、そのダンスはカルニバルで一番注目を集める役のものだった。その踊りは本物で、本当のカルニバルでもその役をしているのだと思った。
なんといってもスタイルが人間離れしている。体の事だけではなくて。
以前リオのファベーラ(貧民街)の人たちの多くは一年で稼いだお金を全てカルニバルに費やすと聞いて、なんとものんきな話だと思っていたが、そうではない事がよくよく判った。
リオは不思議な魅力に包まれた町だ。単なる観光地ではないと思う。
わたしはリオは今なお土着宗教的な魔法が弱まっていない町だと思う。
観光産業に汚されていない町、文化風土が保たれている町だと思う。
私がそう言うと単なる観光地だった、という人もいたので行った時期が良かったのかもしれない。
(私が行った時期はカルニバルが終わった閑散期)
もしかしたら王女様に会ったせいなのかもしれない(笑)
ブラジルの女性はみんな堂々としている。
「わたしは世界一の女性です」
だいたいパウリスタの女性はそういうふうに歩いている。
しかし私が会ったカリオカは
「わたしは一国の王女です」というふうに歩いている。
彼女は自分の名前をAlineと言っていた。
光栄の極まり。リオに行ってよかった。
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