先に亡くなったおじいちゃんも、お母さんの遺言で、「自分が亡くなったら自宅から出て行きたい」
葬儀をして欲しいとの事だった。
地方では枕行や通夜は珍しくないそうだが、ここサンパウロでは頼む人の方が珍しいそうだ。
理由は単に都会だからとか危険だからとか聞かされた。
私もブラジル・サンパウロに来て初めての経験。
自宅に行くと葬儀社が二人来て棺に入れる作業をしていた。葬儀場にもあるキリストの像が持ち運ばれていた。
家族だけの枕経、みんなに『正信偈』の本を配って一緒にお勤めをした。
久しぶりにお勤めをしてみて、枕経の大切さが分かった。
自宅で近親者だけでするお勤めは、葬儀よりも家族のものにとってのお勤めという色が強い。
以前こちらで、生まれて初めて行なった亡くなる前の臨終説法(お経)の時もその厳粛さと共に「昔はお坊さんを死ぬ前にこのように呼んでいたんだな」と感慨深く思いました。
その時に感じた事が今回枕経をしていて少し具体的になりました。
お寺と普段のおつきあいがあり、亡くなり前に臨終説法(お経)があって枕経、通夜、葬儀、その後のお勤め。
この流れがあれば、「葬式仏教」と言われてもなんら恥じる事はないと思ったのでした。
むしろもっと一生懸命「葬儀」に関わっていかなくてはいけないのではとすら思います。
現在はサンパウロでも「葬式だけ」とか「法事だけ」が増えているようです。
しかし、本来は人の人生の流れの中に添うようにして存在していたという事を再び実感させてくれたのは
ここ、ブラジルに来てからです。それも第一移民の方々が古い形の日本の仏教を守っておいでになったからだと思います。
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