今年55周年を迎えた南米本願寺の内陣に金具の装飾が新たに追加されます。
その一部が取り付けられたので、写真をアップです。
写真はクリックすると拡大されます。
取り付けられる前の金具↑
作業後。
分かりますか?
金具がついた後
付けた後はピカピカして内陣がまぶしくなるかと思いましたが、
付けてみると、昔からず~とそうだったかのように、シックリとしてました。
悪く言えば、「えっ?何処が変わったの?」
という感じですが、良く言えばピタリと調和しているといえるでしょう。
でもさらに改装されるので、また今度写真をアップしたいと思います。
本堂の内陣は仏様の国である浄土が再現されています。
私達が読むお経には、その多くを浄土の荘厳について記述されています。
浄土の荘厳はそのまま仏様の悟りを表していて、その荘厳を見るもを
自然と悟りに至らしめる働きを持ちます。
以前大問題を起こした新興宗教の信者が
「既成のお寺はただの風景でしかなかった」
との発言をして、私自身も大変印象に残っています。
その言葉は、現在の仏教は形のみで、仏教としての中身が無い。
という意味なのでしょう。
しかし一方で。
ただの風景(環境)からどのようなメッセージを受け取るか
という事が大切なのです。
浄土真宗の内陣は金色を多く使っており、一見派手です。でもそれは権勢を誇る飾りではなく
あくまでも私達の心の闇の対局として、
またその闇をもつ人間を、仏の悟りの世界に導くために。金色の光として表現されている事を忘れてはいけないと思います。
28日の御命日の法要の後に輪番の浦部さんが、
大変喜ばしい様子で内陣の説明をなさっていたのが印象的でした。
しばらく、門徒さんとお荘厳につての問答があり、これも内陣に金具がついたからこその出来事だったと思います。
風景(形)から仏教の話題が出てきた一時でした。
1クリックをよろしくお願いします\(^o^)/
人気blogランキングへ



