長さではなく深さ | 新・坊主日記

新・坊主日記

2007年2月22日からブラジルの、サンパウロ別院でお仕事をする事になりました。
日本とは場所も言葉も文化も違うところですが、人間が喜怒哀楽の中で生きているのは同じです。
沢山の人たちに出会って共に学び合いたい!
坊主日記、2014年からはマリリア編に突入!

迎えの車で葬儀場まで向かうときはかなりリラックスして、葬儀が人事の感じだったので、
「今日の亡くなった方とはどういった関係ですか?」
と尋ねたら。

「ええ、姉です」

と答えたので
「まあ、お若いのに」
と言ったら
兄も弟も若くしてなくなり、今回はお姉さんが亡くなった、との話をしてくれた。

それにしては、あっけらかんと
「あなたは、いつ来たの? 」
「へ~ まだ来たばかりだね~」
「ああ~広島? 私の母は山口、父は福岡でした」

その態度から悲しむ様子はみじんも感じられなかった。
かといって冷たい感じの人ではなく、あったかいフランクな親しみを感じる人である。

ーまあ、そんなに悲しみを表さない人もいるー
と心の中で思って聞いていた。

お姉さんは結婚もしておらず、葬儀に集まってくる人も少なかった。


日本の石川は小松で働いていた時も、結婚していない人の葬儀は大概そんなもので、寂しい感じがする。
ある日の事、やはり連れ合いもおらず、両親も先立った女性の葬儀を終えて、お寺の事務所で
「いや~ 今日の葬儀はさみしかったですわ~」
と言ったら
お寺の奥さんと事務のおばさんが

「あら、しゅうくんも死んだらあんな感じよ~」
と言われたので

あら?

とみなで笑った。


そんな事を思い出しながら葬儀を始めた。

葬儀が始まり、おわるころになると、ずっとだまって棺のとなりに立っていた兄は、急に声をだして泣き出した。
その嗚咽があまりにも激しくなったので、
お姉さんを失った喪主のお兄さんもこれで最後の家族に先立たれた事になることを思った。

喪主のお兄さんには子供も二人恵まれていると帰りの車で知った。

葬儀の法話に感銘を受けたとその一節を帰りの車で「今日はいいことを聞きました、「人生は長さではなく深さである」と話しましたね」といわれた。

どう感じたかをお尋ねしたら、「はい、そういったことを葬儀で聞いたのは初めてだし、ブラジルでも若い人がその言葉を聞いたら感銘を受けると思いますよ」と、おっしゃった。

きっと、兄弟に先立たれた人だからこそ心に響いたのだと思った。

今日はその初七日がお寺でお務めだった。
お参りの数は葬儀の時よりも少なかったけど、今日は寂しいとは思わなかった。