最近花祭りの事ばかり書いているので、まるで南米では4月中花祭りばかりしているような印象かもしれませんね。
書いている私も、なんかそんな気分ですが・・・(笑)
しかし、一般の業務もこなしております!
花祭りばかりしているわけではないのですよ。
先日初めて「外勤」に向かいました。
外勤とは「がいきん」と読みますが、自宅のお内仏で法事のお勤めをする事です。
日本では珍しくないのですが、こちらはいわゆる、教会形式で。
多くの法事や命日のお参りは、家族、親戚がお寺に集まってくる方が圧倒的に多いのです。
いま法事の予約が入りましたが、
「ミサの予約をしたいのですが」
といわれました。 こんな事はざらなのですぐに慣れます。(‐^▽^‐)
土日になれば沢山の人がお寺に集まり
「○○さんのミッサはどこの会場なのですか?」
と頻繁に尋ねられるからです。
今は「○○さんの法事ですね」
と強調して言い直していますが、「きょうは7回忌のミサです」などと言う日はそう遠くないかも。
話は元に戻って、初めての外勤の法事に行ったのですが、厳密に言うと2回目ですなのです。しかし一回目は体育館を貸し切っての法事だったので、また別次元の話。したがって、はじめて自宅の法事に行って来た。という事になります。
私はまだ車の運転免許証を持っていないのですが、こちらではほぼ100%迎えに来て下さいます。
そして、結構長い時間がかかります(例のサンパウロの慢性的渋滞のせいで)
しかし、その事が上手く働けばドライブの間にいろんな四方山話に花が咲くので、これはいい事だな~と最近思うようになって来ました。
ブラジル人はフランク!初めてでも何でも話せる中にすぐなります。それは送り迎えしてくれる人が日本語を話せなくても同じです。とにかく話しかけてくれます。
その点話ベタな私は楽なのです! 先方から何でも話してくれるので自然と私も変に気を使わず色々と聞く事が出ます。
まあ、先方が日本語が話せない場合は、結果的に沈黙が続いてしまうのですが・・・・
しかし、この時間をライブのポルトガル語講座にしない手はないですよね!? 今書いていて気がつきました。
今回の法事で送って下さった方は僕より少し若い青年でした。話しているうちに先祖の日本人は大分県である事や、母がたのおじいさんやおばあさんはとっても早く亡くなった事、
そして
その若いドライバーは石川県の小松に9年前に夫婦でいた事が判明!
すっかり意気投合して、本蓮寺の高架の橋はもう今はないとか、アルプラザと小松駅の中間地点に住んでいたとか、
駅前のアーケードにブラジルのお店があって、食べにいった事があるとか、本光寺はすぐその近くにあって私はそこに勤めていたなどなど、盛り上がりました。
彼はお酒は飲めないので、バズボールでブラジルから来た若者達に、飲み負けてつぶれた話は出来なかったのが残念でした(笑)
法事はスムーズに進み、こちらでは正信偈を一緒に勤める方は少ないのですが、このお宅では数人の方がしっかりとついて来て下さったのが印象的でした。
それもそのはず、家のお内仏はおじいさんの手作りで、おじいさんは毎朝毎夕にお勤めを欠かした事がなく、それで自然とお勤めが身に付き、さらにアラストバのお寺の日曜学校にも通っていたとお話をして頂きました。
食事を頂きながらそんなお話を聞いて感動していたら、正信偈の経本を見せて下さいました。
大変古いものですが、なんと南米本願寺で制作した昔の経本でした。
そして、さらに見せて頂いたのが、この写真。
前門主と智子(さとこ)お裏方の写真です。
「南米においでになった時に、わたしがお花を渡す係になりまして、お二人の写真を撮らせて頂いたのですよ」
と大切そうに見せて下さいました。
このようにお念仏が大切な思い出と共に、相続されている様を目の当たりにして大変感動しました。
気がかりだったのは、大変意気投合した若い夫婦は、本を持つ事もしませんでした。
(読まなくても大概の人は手に本を取るのですが)
案内された部屋にはバイブルがおいてあり、意志を持って持たなかったのだと感じました。
意志を持って宗旨に従う事はいい事だとは思いますが、ちょっとさみしいな~
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長文になってしまいましたが
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