藤田嗣治の生誕120年 ーパリを魅了した異邦人ー  | 新・坊主日記

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2007年2月22日からブラジルの、サンパウロ別院でお仕事をする事になりました。
日本とは場所も言葉も文化も違うところですが、人間が喜怒哀楽の中で生きているのは同じです。
沢山の人たちに出会って共に学び合いたい!
坊主日記、2014年からはマリリア編に突入!


会期 2006 5月31から7月
京都国立近代美術館v藤田嗣治の生誕120年 ーパリを魅了した異邦人ー に 行って来ました。

やっぱり府立図書館に行くと手前の近代美術館に吸い込まれてしまいます。

でも素晴らしい絵画を見ると気持ちも目ん玉もリフレッシュされて勉強の効率も上がるのだ。
と自にいい聞かせて入場しました。


日本ーパリー南米時代の作品から自分の小物や日常使いの皿に描いた絵まで、レオナルド藤田の全てを網羅しており、とても見応えがありました。
また、珍しい作品としてはレオナルド藤田監督の「日本の風俗」ー子供編ーの映像も見ることができます。この映像は当時日本を侮辱しているとして日の目を見る事が出来なかったそうです。

見る人やその時代よって侮辱しているのか、ありのままを映しているのか。意見が分かれるのかもしれません。


一番興味深かった絵は「5人の裸婦
「乳白色の肌を持つ裸婦像」と評価され、レオナルド藤田が一躍パリで寵児となった作品の一つですが。

絵の解説に「M字に配置された5人の裸婦は、まるでステージに立っているかのような配置である。そして五感を表現していると言われている。

1、触覚(布を持っている裸婦像)2、聴覚(耳を触っている裸婦像)3、視覚(真ん中に立ってこちらを見ている裸婦像)4、味覚(口を指差している)5、臭覚(傍らに犬を携えている)」



仏教では5つの窓からせわしなく猿が出たり入ったりして落ち着きが無い様を描き、人間の五感から様々な煩悩が起こる事を表現したたとえ話があります。

同じ五感を表現するにもレオナルド藤田は煩悩に悩まされる5感ではなく、芸術を感じ取る美しい女神たちとして描いているのに惹き付けられました。

というのは、仏教では5感が煩悩を起こす大きな縁のひとつとしていますが、一方その煩悩まみれの5感を通して(縁として)悟りを開くのだ、と説いているからです。


レオナルド藤田は晩年フランスに帰化し、キリスト教の信者となります。
「5人の裸婦」が信仰に即して描かれたものであるかは分かりませんが、私には煩悩がそのままに悟りとなる縁起の理法を絵で見た気がして、大変インパクトを受けました。


一階レストランの麩カレー 美味しかったです!
麩がチーズっぽくてでも違って何とも言えん。



生誕120年の企画にふさわしい寿実した展示でした。

しかも、個人蔵の作品や作品自身の耐久性を考慮して会期中に一部の絵が入れ替わるのです!
いつからだったかな? また行きたいです。
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