ふと見上げると、若い男性の古い遺影が目に入った。
セピア色の写真から相当古いものだ一目で分かる。
「あの方はどなたですか?」と尋ねると、
「あれは、私の父親です、今回亡くなったこのお婆ちゃん、つまり私の母親の夫です」
「そうですか、だいぶ若いときに亡くなったのですね」
「ええ、42歳、数えで44歳で亡くなったのです」
「わしは、今回の葬儀まで仏教では数えで年齢を勘定するという事を初めて知ったが」と前置きをして、続けて、
「ワシは、面白い事に気がついた」と、以下のようなお話をされた。
お婆ちゃんは96歳で亡くなった。それに父親の亡くなった年齢を足すと、ちょうど140歳になる。それを2で割ると70歳でしょう。
「これは、仮定の話で、計算上の話だけれども」
96-70=26
70-44=26
という計算になる。
つまり、ふたりとも70まで生きるとして、おばあちゃんはだんなの生きる分をちょうど生きた事になる。
と言う訳である。
この話自体は、私自身も、そして周りで聞いている人たちも、確かに計算すればそうだね~
位の反応だった。
しかし
と、ここまで新幹線の中で書いていたら前の人が、いすを倒しながら、英語で話しかけてきた。
いすを倒しながら話しかけてきたので、
「いすを倒してもいいか?」と聞いているのに違いないので、「OK,OK」と連呼したが、目一杯倒してくるので、パソコンが落ちかけた。ので
「ウェイト、ウェイト!」と焦って言った。
なんとかパソコンを救出して。
「OK,NOPROBLEM」
と言うと、今度は
長文で話しかけてきた。
ピンチ!
2度ほど聞き返したら、「この(新幹線)の中でワイヤレスで通信できるの?」という事らしい。
「NO,ONLY ワープロ」と言ったら。
わかってくれたようだ。たぶん。
先日、実家の子供たちが持っている、任天堂DSで英語が上達するソフトをやった効果が出たのかも(笑)
ちなみに脳のトレーニングのテストでは最初は56歳
トレーニング二日目で41歳である。リアルすぎていやになる(^^;)
しかし、その後そのおじいちゃんは京都出身で、その後大阪に移り住んだ事がわかった。
「わしも、京都生まれ、公家の出や」とお父さんが言うので、また場が和んだ。
しかし、その後、小松に疎開をした、そのひと月後に大阪大空襲だった。すぐに大阪に行ったが、焼け野原で
死体がゴロゴロしていた。その風景を見ても神経が麻痺していているせいか何も感じなかった。
空襲は、大阪の町の周りをぐるりと焼夷弾を投下したのだが、まず西側にコ字に投下する。そして反対の西側にこの字に落とす。逃げ場が無くなるように火の手が長続きするように投下したという事を詳しく話してくれた。
焼夷弾が落ちるのを見た事があるが「とっても綺麗でな~」というのが、またリアルで怖かった。
富山や福井の空襲の時はここ小松から火の手が上がるのが見えた。と兄弟の人が言った。
「もし、あのとき疎開がひと月遅れていたら、ワシもここにおらんかった。」そして
にっこり笑いながら、「そうしたら、お前たちもここにおらん事になる」と中学生くらいの女の子や
小学生の男の子たちに向かって言ったら。
今まで真剣に聞いていた子供たちは、きゃっきゃっと身をくねらして笑った。
「ほんとやで~」とおじさん達もニコリとした
おわり。
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