彼岸花 「葉見ず 花見ず 彼岸花」 | 新・坊主日記

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2007年2月22日からブラジルの、サンパウロ別院でお仕事をする事になりました。
日本とは場所も言葉も文化も違うところですが、人間が喜怒哀楽の中で生きているのは同じです。
沢山の人たちに出会って共に学び合いたい!
坊主日記、2014年からはマリリア編に突入!

彼岸花の写真が好評だったようなので、今回も彼岸花について。

昨年お彼岸の頃、お参りに行ったときの事です。

おじいさんが、亡くなったおばさんの遺影を見やりながら「”暑さ寒さも彼岸まで”といいますが、今年の夏は波のある天候だったけれども、時期が巡ってくればちゃんとほら、彼岸花が咲きました。」と廊下を隔ててある中庭をちらりと見やりながら、見事な花が植えもしないのに咲いておりまして、と感心しながらお話し下さいました。

 私も来る道すがら、田んぼの畦にスッとした立ち姿に、日の光の加減によっては、赤い炎を灯もしているような彼岸花に心を引きつけられていたので、おじさんのお話に、共感した次第です。

彼岸花の事を石川県では「葉不見 花不見」(はみず はなみず)と言うのだそうです。その事を知って、お参りに行くとはお訪ねすると、幾人かの人は「そうや、そうや」と知っておいででした。葉のあるときには花はなく、花のときには葉がない。このことから「花は葉を思い、葉は花を思う」という意味で韓国では「サンチョ(相思華)」と呼ばれて親しまれているそうです。


先のおじいさんも、来年からは彼岸花を見る度に、先に浄土へ立たれたおばあさんを思い起こすのでしょう。

コメントにも、「彼岸花」というと、不吉なイメージを抱くという意見がありましたが、それは求婚が毒をもっている。植もしないのに知らぬ間にある日ふっと咲いている。寂しげな田んぼのあぜ道に咲いている、お墓にも咲いている、クッキリとした鮮やかな赤が、特に夕暮れにみると妖しく感じられる、などの理由があるようです。

しかし、わたしはなんだかこの花の儚さや立ち姿が好きなんです。この花と共に思い出すのが
「モチモチの木」などの挿絵なのです。斎藤隆介さん作・滝平二郎(たきだいら・じろう)さの絵のシリーズなのです。

「花さき山」の表紙絵絵を見てください。どことなく彼岸花ににてませんか?物語の中では「よいことをした時に咲く花」と書いてあるだけですが、よいことをした翌日にはすっと咲いている様が彼岸花の咲き方ともだぶります。そして、青色、黄色、赤色と私が実家で見た、いろんな色の彼岸花にも似ています。


さてさて、お話はこんなふうです。

「花咲き山」には、美しい花が咲く・・・。
それは、誰かが良いことをしたあかしなのです。
あやが迷い込んだ山は「花咲き山」だったのです。

『やさしいことをすれば花が咲く。命をかけてすれば山が生まれる。

 うそではない、本当のことだ・・・。』
花咲き山の山姥(山ンば)から、花咲き山の不思議を教えてもらい、あやが妹と母のために祭りの着物を我慢した時に、一輪の花が咲いたことを知ります。

でも、そのことを父母に話しても信じてくれません。

ですが、あやは時々いいことをしたり、見たりした時に、あの「花咲き山」のことを思い出すというお話です。

以上 号外「やまねこ通信社」さんより抜粋


どうでしょう?彼岸花には、いいイメージもたくさんあるようです、彼岸花ほど様々なイメージを感じさせる花は珍しいかもしれません。

私は彼岸花が死をイメージさせるマイナスのイメージも含めて好きです。寂しさ、儚さ、そして少し心を不安にさせる妖しい部分も含めて、不思議と惹かれるものがあります。



これも実家に咲いていたもの、定番の赤です。少しイメージが変わって見えませんか?
怖くないでしょ(笑)

仏教では「曼珠沙華」といい、『法華経』に天上の花として登場します。 おめでたい事が起こる兆しに、赤い花が天から ふってくるそうです。

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