法話 お品書き | 新・坊主日記

新・坊主日記

2007年2月22日からブラジルの、サンパウロ別院でお仕事をする事になりました。
日本とは場所も言葉も文化も違うところですが、人間が喜怒哀楽の中で生きているのは同じです。
沢山の人たちに出会って共に学び合いたい!
坊主日記、2014年からはマリリア編に突入!

なんとか、今日お話しする事の箇条書きが出来ました。

お話って、料理のコースに似ていると感じます。
素材を集めて、料理して、お皿に盛って、タイミングよく出していく。

お経の中にも頻繁に、始めもよく、中程もよく、終わりもよいお話であった。と
お釈迦様の説法を表現する事があります。
「固い食べ物や、柔らかい食べ物でお釈迦様をもてなした」と表現した後、その時も始めもよく、中程もよく、終わりもよいもてなしだった。と書かれています。

共通するものがありますよね?女性を口説くのに、料理を使っていた●マスさん?

も、もしかして、法話が上手くなるのと女性にモテるのは共通しているのかも!!!
あーだからわしモテないんだ。
頑張るぞ~
まあ、それは置いておいて(^^;)

今日の ーお品書きー

あいさつ 
ー最近までお寺であった行事の話しーひまわりを通して、出会った事
「今、いのちがあなたを生きている」ー本山の親鸞聖人750回忌のテーマー 
昨晩見たNHKスペシャル 「赤い背中」 ~原爆を背負い続けた60年~を見て感想
広島のおばあちゃんの話し。
「和とは不和なり、不和の悲しみなり」の話し。
細木数子さんのおもしろ説教番組を見るより、悲しい話しだけれども戦争で酷い目に遭った人々の話しを聞く方がありがたい。(そんな事言っている私もたまに見るのだけれどもと言って、細木数子の問題発言をお話しして、ヤヤ受けを狙う)
で、前半終了
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後半
お盆の話し。
お盆とは正式には盂蘭盆会というがウッランバナの音訳で逆さ吊りの苦しみという意味。
うらぼんだから、おもてぼんがあると思っている人がたまにいるけどそれは違う。
などお盆に関するまめ知識を2つ言う。

悟った木蓮尊者が、地獄で苦しんでいるお母さんを助ける事が出来なかった話し。
さらに親鸞聖人のお父さんお母さんを思う気持ちにつなげてゆく。

逆さ吊りというと、地獄で鬼に逆さ吊りにされて折檻される事ではなく、逆さまにものを見て自ら苦しんでいるという話しをする。
亀の毛の話し、色眼鏡の話しを喩えとしてお話しする。

ではどうしたら、まっすぐものを見る事が出来るのか
とラストに入る。

鏡の話し。ーお内仏は心を映す鏡であるー
「お念仏は私の心を照らし出す鏡である」というお話が書いてある文章を一緒に読む。
戦争に関する絵画展の紹介をする番組で「私たちは、一秒でも二秒でも絵画の前に立って、戦争の悲惨さを感じなければならないですね」
とアシスタントがコメントしたら
美術館のアドバイザーが「いいえ、ねばならないという気持ちを捨てて来て下さい。絵の前に立つと、自然と絵の方からあなたに語りかけて来ます」「どうか気軽な気持ちで来て下さい」
と答えたという話をして。
「これが、お念仏の他力の心ではないでしょうか」
で終わる
終わりの挨拶ー次にお寺である行事の話しと、お誘いー

以上で40分位

もう時間です
行ってきます。

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