今日は78年目終戦の日。
今年は靖国神社と日本武道館ではなく、地元の戦没者追悼式に参列。

昭和20年8月14日、日本は連合国のポツダム宣言を正式に受諾。15年にわたる戦争に終止符が打たれました。日本の戦争犠牲者は約310万人、全世界では約5000万人以上が犠牲となりました。
ところが、実際には戦争は完全に終結せず、ある戦線では日本の分割統治を巡って戦闘が継続していました。

日本が降伏の意思を持っていることを知ったスターリンは、北海道の占領を狙って中立条約を一方的に破棄し、満州や南樺太に攻め込みました。
ポツダム宣言受諾後の18日、千島列島最北端の #占守島 にソ連軍の部隊が続々と上陸し、奇襲攻撃を始めました。
戦車隊の神様と呼ばれる #池田末男 陸軍大佐率いる戦車第11連隊は、撃滅せよとの命令を受けて応戦。ソ連軍を上陸地点まで押し返し、そこで完全な停戦。しかし、勝者の日本軍が敗北したソ連軍に武装解除されると言う屈辱的な扱いを受け、兵士はシベリアへと送られていきました。そして9月5日には北方領土を支配下に収めました。

実はこの3日間の戦いで、日本はソ連の分割統治を阻止することが出来たといえます。何故なら、その3日間のうちに北海道に米軍が進駐していたからです。
もし、池田大佐率いる戦車第11連隊の奮闘がなければ、ベルリンの壁で東西に分断されたドイツや南北で敵対する朝鮮半島のように、日本も分断統治されていた可能性があったのです。

北海道の陸上自衛隊第11戦車隊は、11連隊の十と一を合わせて「士」魂部隊と称されています。
教科書では8月15日で戦争が終わったと書かれています。しかし、今の日本の国土の形を守った英雄がいたことを多くの国民に知っていただきたいのです。