絵画好き男子の生きづらさ ~絵画好き男子は果たして本当にモテるのか~ | 姓は石狩、名は勇気!

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声優・石狩勇気のブログです。

私は絵画鑑賞が趣味だ。

 

画集などは買わず、美術館で絵画を見る。

難しいことは分からないし、分かろうともしない。

多少、掲示された説明は読むが、音声ガイドは使わない。

気に入った絵画はずっと見ているが、興味がわかない絵画はスルーする。

常に単独行動で、見終わった後にその画家について調べたりもしない。

美術館に入ってから出るまでの鑑賞タイムをただ楽しむのみである。

(なお、彫刻やインスタレーションなどを含む美術全般が好きだが分かりやすくするためそれらを総称して「絵画」としておく)

 

絵画好きの成人男性が、絵画好きではない成人男性と雑談をしていて、

「私が絵画好きである」という話題になった際に投げかけられるフレーズ、

私の体感でのベスト3を発表!

 

(なお、絵画好き女性が同じシチュエーションになった場合、どのような言葉が投げかけられるのかについては、私が絵画好き女子ではないので、まったく分かりません。これらの「返ってくる言葉」にどれぐらい男女差があるのかは分かりません。ですが、どうも空気的に、「一般的成人男性は絵画鑑賞を趣味にしたりはしないのに」というバックボーンが潜んでいる気がするのです。つまり、「一般的成人男性がする趣味(まあ、スポーツとかスポーツ観戦とかギャンブルとかそういうような)ってこんなのがあるよね」の枠外にあり、なおかつそこに、ほんのり性悪説がのっかってくるから、こういう話の展開になるんじゃないかなと思わざるを得ない体験が幾度かあったのです)

 

第1位

「すごい!」とか「さすが!」などの賞賛。

 

賞賛していただくのはありがたいのだけれど、

こちらとしては凄いことだと思っていないので戸惑う。

絵を描くことはすごいと思うが、私は絵を見ているだけなのだ。

消費しているだけで、何もすごくない。

では、何故すごいと思われるかというと、

 

第2位

絵画鑑賞の良さが分からない。

 

これにつながる。

絵画には、「分かる」と言う境地があり、

「自分は、その境地に達することができていない(=絵画鑑賞の良さが分からない)のに、この人は達しているようだ」ということである。

そこから始まって、「(私には分からないのに、分かるあなたは)すごいですね!」という賞賛につながったり、

「(私には分からないので、分かるというあなたにお伺いしますが)絵画の何が良いんですか?」とあいなるわけである。

この場合の「分かる」というのは、美術評論家が絵画を評して言うような、

画家がどのような気持ちをこの絵に込めたかとか、宗教的歴史的背景だとか、技法がどうとか、そういうようなことを「分かっている」ということだろうと推察される。

 

ごめん、そんなん、分かってないのよ。

 

そう答えると、「え!?分かってないの!?分かってないのに絵画が好きとはこれいかに?」という更なる疑問が生まれたり、

「なーんだ、分かってないのか。分かってないのに、絵画が好きだなんてカッコつけっちゃたわけか?」と笑われたりする。

 

絵画が分かってるなんてこちらは一言も言ってないのに。

 

「なんかこの絵、きれー」とか、

「この絵、なんか変でおもしろー」とか思って、

楽しんで絵画を消費しているだけなのだ。

 

第1位

モテたいの?

 

「モテたいってことですか?」

「そこまでしてモテたいの?」

「嘘つけって!モテたくてカッコつけてるだけだろ?」

など、ニュアンスは多少異なるが、根本は同じだ。

 

ここまで読んでくれた人なら分かる通り、

私は、一人で美術館に行き、大したことも分からないのに、

「この絵、なんか好きー」

「この絵、なんか嫌いー。あははー」ぐらいの感想で見て回り、

「あー、楽しかった」と美術館をあとにするだけの消費者に過ぎない。

 

モテる要素はどこにもない。

 

ここには、

①なぜ「モテようとしてる」と思うのか?

②実際、モテるのか?

の2つの問題をはらんでいる。

 

①なぜ「モテようとしてる」と思うのか?

 

一つはやはり異常な趣味に見えるからだ。

たとえば私が「ラーメン屋巡りをするのが趣味なんです」と言ったとしよう。

そしたら、「ふーん、そうなんだ」「良い趣味だな」「だから太るんだ」とまあいろんな意見があるだろうけれど、

「え?ラーメン屋巡り?なぜだ?何か裏がある?」と思う人は少ないだろう。普通だから。

しかし、先述の通り、絵画鑑賞は「成人男性の一般的趣味の枠外」なのだ。

なので、「絵画鑑賞?それは成人男性の一般的趣味とは言えない。なぜ、そんなものが好きなんだ?」と疑問に感じる。

そしてそれが、ほんのり性悪説な人であれば、「何か裏があるに違いない」と思い至るであろう。

 

では、なぜ、こいつは、嘘をついてまで、「絵画鑑賞が好き」とのたまうのか。

「絵画鑑賞が好き」という嘘をつくメリットがどこにあるのか。

 

ここで私が「干ししいたけ集めが趣味です」と答えたとしよう。

これもまた「成人男性の一般的趣味」の枠外である。

「なぜ?」と思うだろう。

だが、「モテようとして嘘をついてるに違いない!」とはならないと思う。

 

では、「絵画鑑賞が趣味です」と「干ししいたけ集めが趣味です」では、どこが違うのか。

 

それは、絵画鑑賞と言う趣味は、絵画鑑賞を趣味としてない人から見て、なんか高尚に見えるからなんだと思う。

なんか文化的でカッコいいことに見えるんだと思う。

だって「我々が分かってないことを『分かってる』」ように見えるから。

 

そして目の前の人物(石狩)がそんな交渉でカッコいいわけがないので、

「嘘をついてカッコつけてる」となるわけだ。

 

そうなると話は簡単で、

(絵画鑑賞が「成人男性の一般的趣味」の枠外とされてしまい、

「なぜ?」と疑問を持たれ、

なおかつ「石狩はそんなすごい趣味を持つような立派な人間ではない」と思われたとしても、)

 

まずそもそも絵画を鑑賞する行為は消費活動であり、高尚でもすごいことでもない

(楽しいことではあるし、有意義なことではある。趣味としての絵画鑑賞を貶めているわけではない)

 

ということは「絵画鑑賞が趣味なんです」と言っても、

それは、すごい人ぶっていることにならない。

 

ということは、石狩と言う大したことのない人間が、

絵画鑑賞と言う「成人男性の一般的趣味」の枠外の趣味を持っていたとしても、

それはモテたいからではない。

 

というようなことを、しどろもどろ伝えたことはあるが、

ニヤニヤしながら「いやぁ、モテたいだけでしょ?」と言われただけだし、

せっかく大好きな絵画鑑賞なのに鑑賞中ずっとこういう逡巡が頭から離れない。

 

②実際、モテるのか?

 

そもそも、私は一人で美術館に行くのでモテようもない。

私が美術館を闊歩するだけで、館内の女性陣がこぞっと私に見とれ、

外に出たところで呼び止められて、茶に誘われる、といったような体験は一度もない。

 

「絵画鑑賞が好きだなんて、モテたくて言ってるんでしょ?」と言ってくる男性方はどういうつもりで言っているのか、

私なりに推察する。

 

それは多分こうだ。

 

いきなり舞台を美術館に移すのではなく、

普段の職場なり飲み会なりでのこと。

 

石狩「絵画鑑賞が好き也」

不特定女子「絵画なんていう、一般人には理解できず、文化レベルの高い人間しか分からないものが分かるなんて素敵也!」

 

とか、

それに端を発し、

 

石狩「美術館、一緒に行く也?」

不特定女子「行く也!」

 

とか、

美術館で、

 

石狩「(うんちく)」

不特定女子「うっとり」

 

とかいったことを想定しているのだと思う。

(思うだけ。だって他に考えようがないんだもの)

 

最初に職場や飲み会でも会話に目を向ける。

この場合、相手も絵画鑑賞好き女子という場合があるだろう。

そこで絵画話に花が咲くこともあるだろう。

それはどんな趣味にも起こりうることなので(ラーメンや干ししいたけにだって)、

それをもってして「モテたいんだろ?」は違うだろう。

絵画鑑賞が、世の女性の大半がたしなんでいる趣味で、

とりあえず絵画の話さえできりゃ女性と話が合うぜというのならば話は別だが、

そんなこともないだろう(と思う。そんなことあったらごめんなさい)

次に、相手が絵画好きではない女子だとする。

 

「へぇ~、石狩さんて絵画が好きなんですか。すごいですね」

「いやいや、すごかないですよ。。」

 

これ以上、話をどう広げれば良いというのか。

 

「絵画ってのは、うんたかんたらで」って?自分で描いたわけでもないに!?

 

「ピカソの絵ってのは、うんたかんたらで」って?相手は絵画に興味ないのに!?

 

そんな話術があれば、モテるための行動をとらなくても、すでにモテている。

 

次に、万が一、一緒に美術館に行くことになったとする。

相手も絵画好きの場合、同じ趣味を持つ者として、

一緒に美術館に行こうかと言うこともあるだろう。

しかし考えてほしい。この場合、両者とも「絵画鑑賞が趣味」なのだ。

たとえ仮に絵画鑑賞が高尚ですごいことであったとしても、

二人に高尚度は同程度となるため、

「高尚な男性に、女性うっとり」とはならない。

よって「モテたいんだろ?」とはならない。

楽しくおしゃべりはできるだろうが、同じ趣味人間がその趣味の話を楽しくしあうという状況を「モテる」とは言わない。

では、相手は絵画好きでない場合はどうか。

絵画好きでないのに、私と美術館に来たとするならば、考えられる可能性は二つだ。

私に興味があるか、絵画鑑賞をしたことがないがしてみたかったかだ。

前者の場合、私が絵画好きだろうがなかろうが相手は私に好意があるわけだから、

私が絵画好きを公言したことによってモテたことにはならない。

後者の場合、私は結局モテていない。

そして、相手が絵画好き女子の場合もそうでない場合も、私には語るべきうんちくはない。

 

長文を書いて疲れちゃった。

とにかく、成人男性が絵画好きを公言すると、本当に信じられないぐらい下心を疑われるけど、

絵画好き=すごい人とも限らないですよって話(すごい人もたくさんいます)

 

【まとめ】

美術館楽しいのでレッツゴー