私は事件の推移を知るため、石橋宏典の裁判期日に傍聴にいった。 検察官が読み上げた公訴事実は以下の通りである。
① 被告人は事件当日、同僚と酒を飲んだ帰りであった。
② 被告人は、JR**駅の二階にある改札を通過し、下りエスカレータ上で、上りエスカレータから上がってくる女子高校生の被害者を認め、好みの女性だったため、わいせつ行為をしたいと企てた。
③ 一方、被害者は上りエスカレータ上から被告人を認め、自身が通う学校の教諭に似た人物と感じた。
④ 被告人は、いったん下りエスカレータを降りた後、Uターンして上りエスカレータに乗り換え、被害者エスカレータを駆け上がって被害者に接近した。
⑤ 被告人は、上りエスカレータで被害者に背後より抱きしめ、いきなり右頬にキスした。
⑥ 被害者は叫び声を上げたところ、被告人は逃走し、再び駅の2Fから下りエスカレータに乗り換え逃走した。
⑦ 被害に遭った後、被害者は「チクショー」と叫んだ
女性の起訴検事が読み上げた事件の概要は以上の通りである。
また、犯行を行った証拠として、エスカレータ天井に設置された防犯カメラの画像を撮影した画像2葉を示し、画像の内容について以下の状況を説明した。
イ 下りエスカレータを降りて上りエスカレータに乗り換える被告人
ロ 被害者に接近して犯行に及ぶ被告人
女性の検察官は、下りエスカレータから上りエスカレータにUターンしていた点(→イ)を執拗に突いていたが、これには合理的な理由が考えられる。
被害に遭ったとされる女子生徒は自身が通う高校の教諭に似ているとの説明をしている。(→③)
すれ違いざま、咄嗟に会釈することはあり得る。
会釈された石橋宏典が、Uターンして確認したとすれば、合理的に説明は可能だ。
検察がことさらあげつらうことではないが、逆に言えばこういった部分しか確証を得られなかったということだ。
ここで、検察の示した犯行態様についていくつかの違和感を感じたので次に示す。
<違和感1 防犯動画>
検察が、犯行の証拠としたのは防犯動画を写真撮影したものだ。
動画データを証拠化する場合には、コピー・ダビング・画面撮影3種類の方法がある。
コピーとは、動画データをデジタル的にコピーするもので、原本と寸分違わない。
ダビングとは、VHSなどに記録された動画データを再生しながら、別のメディアにダビングするものだ。
同尺再生とも呼ばれるが、ダビングについては、画像の劣化が生じやすい。
カセットテープで音楽を聴いていた世代であれは、ダビングと言われてピンとくるであろう。
この件は再生画面を別のカメラで撮影した、「画面撮影」であった。
画面の撮影は、動画カメラのレンズの歪み・モニターの歪み・撮影カメラのレンズの歪みと最大で、三重の歪みが生じる。
これは音楽をスピーカーで流したものを録音する行為に等しい。
当然、そこには大なり小なりのノイズが入り、大まかなメロディーラインはわかるが、パーカッションや、楽器の奏でる様々な音が失われる。
画像に於いても同様である。
仮に我々にこのデータが持ち込まれると、依頼を断る場合が多い。
車両のように明確に形状が把握できるものであれば別だ。
ただし、対象物が人体の場合、挙動など判別できないのである。
少なくとも警視庁や福岡県警の四課であればこのような画像は証拠として通用しない。
いわば、石橋宏典はどのような状況で犯行に及んでいたか判然としない状態で起訴されたことになる。
<違和感2 犯行形態に関するもの>
異性に対して同意を得ず体を触るなどのわいせつ行為、いわゆる痴漢行為には、その犯行場所の傾向を大きく分けて「雑踏型」と「閑散型」2種類ある。
・雑踏型 混雑した状況下で女性の体を触れるなどのわいせつ行為の及ぶもの
・閑散型 人気のない場所で女性に対しわいせつ行為に及ぶもの。
まず、雑踏型については偶然居合わせた女性につい接触してしまうといったある種の出来心的な犯行を除き、周到に狙いを定める。
わいせつ犯を、身なりなどの外観で見分けることは難しい。
ただし、これらは見る人が見ればすぐにわかる。
わいせつを企てている人物は、雑踏の中で好みのターゲットに接近するため、明らかに人の流れに逆らった動きを呈するためだ。
ラッシュ時間帯の混雑したホームを観察していれば、必ずいる。
次に、閑散型であるが、これになると、企て、これを実行する。
出来心的要素がある雑踏型と異なり、性交に及ぶという明確な目的がある。
そのため、犯行現場は人気のない場所が殆どであり、被害者が助けを求めるといった、犯行の回避が困難な場所が殆どだ。
また、被害者を搬送する車両などが介在する。
今回の犯行は、いずれにも当てはまらない。
犯行が行われたエスカレータ上には、被害者と被告人「石橋宏典」の2名のみである。
また、エスカレータを上り終えた場所から10m程度の位置に駅改札や事務室がある。
被害者は助けを呼ぼうと思えばいつでも呼べる環境だ。
行為に及ぼうとトイレに入ろうにも、改札を抜けなければならない。
また、わいせつ行為に及ぶことができる暗がりなどの密室もない。
この環境は犯人にとって大変不利な条件である。
起訴時に石橋宏典が犯行を認めてしまっていたため、この点については争点とならなかった。
<違和感3 エスカレータ上での犯行>
実は、エスカレータは危険な乗り物で、年間100件程度の巻き込み事故・転落事故が惹起されている。
私はかつて、エスカレータにまつわる事故の鑑定を、国土交通省などから受任し、複数件の鑑定書を書いた経験がある。
また、エスカレータでの事故について弁護士から鑑定書を受任した経験もあり、エスカレータでの事故についてある程度の知見はある。
これらに基づけば、検察が主張する犯行態様、つまり被害者の背後から抱きつき、自身に引き寄せたと仮定して考察しよう。
エスカレータ乗員には進向方向のモーメントが作用しているため、後方からの外力が作用すれば間違いなく、両者とも後方に転倒する。
エスカレータには必ず、手すりを持つよう指示がなされているのはこのためだ。
転倒を避けるためには、被害者はしゃがみ込む姿勢を取らなければならない。
その場合、検察の「抱きつき、自身に引き寄せた」との犯行態様は成り立たない。
被害者が「石橋宏典」から接触があったとの申告を合理的に考えれば、肩に手を置いた程度であったはずである。
佇立した状態でのキスは相互の同意がなければできない。
いわば、キスする側とされる側、相互の同意があって初めて成り立つ。
抱き寄せてキスという態様は映画やドラマでの出来事だ。
つまり、肩に手を置いた態様は成り立っても、キスは相互の同意がなければ成り立たない。
<違和感4 犯行~逮捕の期間>
犯行が行われたのは、2013年12月19日であり、逮捕されたのは、2014年2月12日である。
逮捕までの間、僅か55日。年末年始を挟んでいることを考えれば、スピード解決の部類だ。
通常、防犯動画がある場合は、過去に同様の犯罪を犯した人物の画像と犯行動画を照合することで被疑者を絞り込んでいく。
また、被疑者画像がない場合は、内偵捜査で被疑者の容貌を特定し、犯行動画と比較検証する。
私は、警察からの依頼で、画像解析などの鑑定で捜査に協力することが多い。
具体的なことは書けないが、警察が、被告人「石橋宏典」に到達する時間が通常の事例と比べ、あまりにも短いことに驚かされた。
このことは、被害者が事件を申告した時点で、被疑者の情報に行き着いていたとしか考えられない状況だ。
つまり、被害者の女生徒と保護者もしくは学校関係者が石橋宏典を尾行し、所在を確認していたと考える方が妥当だ。
<違和感5 通報者>
このことは裁判では触れられたものではなく、報道によるものだ。、
被害の警察に対する申告は本人とその保護者が行ったものではない。
保護者が学校に相談し、学校経由で被害の申告が警察になされた。
犯行時間は、午後10時過ぎであり、学校帰りとしても不自然な時間帯だ。
学校において責任がある時間帯は、学校終了後の帰宅までであり、途中寄り道などした場合には学校の責任はない。
それなのに、何故、学校が関与するのかが大きな違和感であった。
<総括>
私は石橋宏典は無罪ではないが無実と確信した。
先に「無罪」ではなく、「無実」との表現した。これは「石橋宏典」は、わいせつ行為を認めていたからに他ならない。
私自身が彼の無実を確信したところで、犯罪を認めた以上、無罪はあり得ないのである。
先の疑義は言い換えれば矛盾である。
これだけ矛盾があっにもかかわらず、起訴できたのは本人が犯行を自供したからである。
検察の指摘する公訴事実は矛盾だらけなのになぜ犯行を認めたんだ。
私はもう一人の石橋に対して怒りに近い疑義を覚えた。
ただし、その疑義は被告人質問で肺腑をえぐるようなやるせない怒りと引き替えに払拭された。