「日帝」が朝鮮の「人命」を奪ったというが、
総督府の統治下で朝鮮は逆に人口を倍増させている。
1904年にわずか980万人だけだった人口は、日本統治下に入って
約30年後の1938年には2400万人に急増している。
「土地」と「資源」が奪われたとの非難も、歴史捏造に満ち溢れた主張だ。
朝鮮では、土地利用価値が併合後に大いに高まっている。
農地改良、農政の確立が行われたことで生産性がかつてないほど向上し、
近代産業と社会諸施設、
近代都市建設のレベルまで利用価値を飛躍的に増大させたのだ。
日韓併合前のソウル
日韓併合後のソウル
「国語」と「姓名」が奪われたというのも歴史歪曲である。
李朝の世宗の時代、
すでに朝鮮独自の文字であるハングルは創出されていたが、
実際は中国の古典ばかりに夢中だった両班の反対で、
それは蔑視されて厳禁となり、実用には至らなかった。
だが、日本統治下に入り、
初めてハングルの漢字混じりの文章体系が作られたのである。
日本人は国語を奪ったどころか、与えたといってよい。
そして「姓名」についても、
朝鮮人の伝統的な姓名を奪ったのは日本人ではなく、
中国による中国式姓名の押し付けである。
日韓合邦前、人口の半分近くにも及んだ奴婢階層は
戸籍すら与えられなかった。
彼らが本格的に性を持つようになったのは合邦後のことである。
その後の創氏改名も自己申告制で、
希望した人々に与えられた特権だったといってよい。
このように日本統治によって与えられた「七恩」を、
戦後は「七奪」だったと称しているのである。
韓国人の歴史観を考える上で、この国では中国と同様、
歴史が政治の道具になっていることを忘れてはならない。
黄文雄氏著 「日本の植民地の真実」より



























