日本の侵略が云々と言っている輩がどれほどかつての

台湾同胞の心を傷付けているのか気付かないのですか?

彼等はかつて日本人であったことに誇りを持っているのです。

自ら志願して、大東亜戦争に参加したのです。



学校では教えない ~本当の日本の歴史~ 
黄昭堂氏


貴方は、国旗や国歌に反対のようですが、

烏来にある「高砂義勇軍慰霊碑」には

毎日「日章旗」が翻っていることをご存じですか?


学校では教えない ~本当の日本の歴史~ 


「飛虎将軍廟」では毎日「君が代」を歌って、

日本の兵隊さんを祀っていることをご存じなんですか?

学校では教えない ~本当の日本の歴史~ 


台湾の戦友会の年老いた方々が毎年、

靖国神社に参拝にいらっしゃっていることをご存じなんですか?
日本が敗戦したと同時に、我々台湾も敗戦しました。

靖国神社には台湾の元日本兵士2万8千柱が眠っておられます。

私は勿論、台湾人の英霊だけでなく、全ての英霊に黙祷を捧げました。

英霊達は、侵略しているんだ、という気持ちを持ちながら

戦いに出られたのでしょうか?


違います。


多くの兵士は、自分の祖国を守る為に、

あるいはこれからのよりよき世界を作る為に、命を捧げられたのです。

日本政府は台湾を無視し続けて、

どうして中共の顔色ばかりうかがっているのですか。

これが2万8千人の台湾人が尊い命を捧げた国の招待ですか。

日本の国会が謝罪する事は、

日本の戦死者の冒涜ばかりではありません。

台湾人の戦死者への冒涜でもあることも銘記してもらいたいと思います。



(平成6年8月15日、黄昭堂氏)


~ペリリュー島に咲く桜~

日本兵と仲良くなって、日本の歌を一緒に歌っていた村人は、

仲間たちと話し合った。
そして村人たちは、大人も子供
も、一緒になって日本軍とともに戦おう。
そう決めた彼らは、代表数人とともに、

日本の守備隊長である中川州男大佐のもとを訪れます。

学校では教えない ~本当の日本の歴史~ 
中川州男大佐


平素、温厚な中川隊長なら、

自分たちの一緒に戦うという頼みを聞いてくれるに違いない。
そして中川隊長に、「自分たちも一緒に戦わせてほしい」と申し出た。

それを聞いた中川隊長は、瞬間、驚くような大声をあげた。

「帝国軍人が、貴様ら土人と一緒に戦えるかっ!」
…驚いた。日本人は仲間だと信じていたのに、みせかけだったのか…。
村人たちは、日本人に裏切られた思いで、みんな悔し涙を流した。
そして、日本軍が用意した船で、

パラオ本島に向かって島を去る日がやってきた。

学校では教えない ~本当の日本の歴史~ 


港には、日本兵はひとりも、見送りに来ない。
村人たちは悄然として船に乗り込んだそうです。
そして、汽笛が鳴る。
船が岸辺を離れた…
次の瞬間、ペリリュー島に残る日本兵全員が、浜に走り出てきた。
そして一緒に歌った日本の歌を歌いながら、

ちぎれるほどに手を振って彼らを見送った。

そのとき、船上にあった村人たちは、わかった。
日本の軍人さん達は、

我々村人を戦火に巻き込んではいけないと配慮したのだ、と。
涙が出た。
岸辺に見える日本兵に向かって、村人たちは、号泣しながら、手を振った。
誰もが泣いた。ちぎれるほどに手を振った。




バー・モウ ビルマ元首相、独立宣言 


「約50年前ビルマは3回にわたる対英戦争の結果その独立を失えり、

英国側はアジアに対する掠奪的野望を以て此等の戦争を遂行せり。

英国はさらにその伝統的陰謀賄賂及び想像し得るあらゆる詐欺及び

術策の武器をしようせり。


ビルマ人は徐々に搾取され時の進むに従い総ての

国民的実質、莫大なる物資的資源、機会、文化、

言語、さらに遂にはその生活様式までも失い、

愛国者は挺身的精神をもって鎮圧、入獄、流謫、

拷問及びしばしば死そのものを甘受して突進して来れり、

これらの英雄はビルマの生存のため苦難を受け遂には斃れたり。


ビルマ人はアジアを結合せしめアジアを救う指導者を待望しつつ

ありしが遂にこれを大日本帝国に発見せり。

ビルマ人はこのビルマに対する最大の貢献に対する

日本への感謝を永久に記録せん事を希望するものなり」


学校では教えない ~本当の日本の歴史~ 



バー・モウ 「ビルマの夜明け」


「真実のビルマの独立宣言は1948年の1月4日ではなく、

1943年8月1日に行われたのであって、
真のビルマ解放者はアトリー率いる労働党政府ではなく、

東条大将と大日本帝国政府であった」



「歴史的に見るならば、

日本ほどアジアを白人支配から離脱させる事に貢献した国はない」




チャンドラ・ボースといえば、インドではガンジーやネルーと並ぶ、

インド建国の三英傑の一人として知らない人はいない。


学校では教えない ~本当の日本の歴史~ 


武闘派のボースは何度も投獄されていたが、昭和16年にインドを脱出、

アフガニスタンを経由してドイツに亡命した。

ドイツにいた時、ボースはヒトラーに、

「もしモスクワまで攻め込むならば、ついでにインドまで来てほしい」

と頼んだというが、ヒトラーは、

「インドが独立政府を持つ状況に達するには、

まだ少なくとも150年かかる」と冷たく断った。

そこで今度はドイツの潜水艦に乗って日本へ向かった。


学校では教えない ~本当の日本の歴史~ 


日本はボースを後押しする為、潜水艦でマダガスカル沖合に出迎え、

彼をシンガポールまで連れて来た。

そして日本軍の占領下にあったインド領アンダマンとニコバル諸島を、

自由インド仮政府に帰属する領土とし、

インド独立の三色旗を挙げさせた。


英印軍の捕虜からINAの将校になった2万人近い軍人達が、

裁判にかけられた時、主席弁護士を務めたインド法曹界の長老、

パラバイ・デザイ博士は

「INA将兵はインド独立の為に戦った愛国者であり、

即時釈放すべきだ」と強く主張した。


学校では教えない ~本当の日本の歴史~ 
インドのオールドデリー市街、チャンドラ・ボース公園の
インド独立義勇軍と日本兵の像



また、裁判で召喚された最後の光機関長・磯田中将、

ビルマ方面軍参謀長・片倉中将など日本の軍関係者や、

外務省関係者のいる前で、

デザイ博士は堂々とこう言った。


「インドは間もなく独立する。

この独立の機会を与えてくれたのは日本である。

インドの独立は日本のおかげで30年も早まった。

インドだけではない、ビルマもインドネシアもベトナムも、

東亜民族は皆、同じである。

インド国民はこれを深く心に刻み、

日本の復興には惜しみない協力をしよう」



黄文雄氏著 「捏造された昭和史」より



学校では教えない ~本当の日本の歴史~ 

日本統治時代を経験した台湾の60代以上の男たちは、

どこか亭主関白の気風を残しているという。

多桑世代というらしい。これはまさに日本語の「父さん」からきている。



学校では教えない ~本当の日本の歴史~ 


謝雅梅さんの父さんは一緒にテレビを見ていて、強盗事件があれば、

「昔は夜もドアを閉めないでよかったのに・・・・」

と日本統治時代を懐かしがり、


政治家の汚職があれば、

「日本の政治家なら、こんなのはいない」

と愚痴をこぼすらしい。


それほど戦前の日本人は、

道徳的だったし、日本の統治が公正で厳格でもあったのだ。




小林よしのり氏著 「台湾論」より