恐るべき日教組(三重県編) | こちら "伊勢小隊 情報分隊" 【 I-PAS】

こちら "伊勢小隊 情報分隊" 【 I-PAS】

Ise-Platoon Affairs Squad
Japan Narrow Casting

連帯を求め孤立を恐れず
力及ばずして倒れることを辞さないが
力を尽くさずして挫けること拒否する

日教組をあなどってはいけない


特に三教組と呼ばれる
三重県教職員組合

は無敵です




小学校の男性教師は
日本は50年戦争をしてきた
戦争に負けるまでひたすら戦いを行っていた
戦争好きな国だったと教えているようです



無茶苦茶です


日本は日清戦争から50年戦争を続けた! 東京裁判「15年戦争」史観をも超えるトンデモ歴史を教える先生がいた

http://www.sankei.com/premium/news/160219/prm1602190005-n1.html


日清戦争から大東亜戦争まで続いた“50年戦争”史観
三重県の小学校教諭の「6年生の子どもたちと『戦争の半世紀(1894年から1945年)』と『これから』を考える」。
男性教諭が社会科の授業で、日清戦争以降の出来事について考えさせる。
「戦争の恐ろしさを一つ書いて下さい」との指示、「一度勝ったら、負けるまで止まらないことが恐ろしい」と回答。
・教諭が「いつから」と問うと、「1894年の日清戦争から」と答えた。
・教諭も「そこから考えたら、51年続いたんだよね」と応じた。
・教諭は「6年生の子供たちの見方が、歴史学者に迫るものがある」と絶賛。



以上の通り、都市伝説的な事を教えられて子供たちは不幸です。50年戦争論なんてオカルト的考え方で、無茶苦茶な近代史を教える三重県教職員組合をヘイト団体に指定すべきだと言えます。





元が消えないように以下に原文コピペ



日本教職員組合(日教組)の教研集会では毎年のように、反日・自虐史観のイデオロギーが色濃い授業実践が報告されているが、岩手県で2月5~7日に開催された今大会でも、日清戦争から先の大戦の終結まで戦争が継続されたする“50年戦争”史観が飛び出した。旧日本軍が満州事変から先の大戦の終結まで計画的に戦争を遂行したとする“東京裁判史観(15年戦争)”でさえこじつけなのに、それをも上回るトンデモ史観が一部の教室の中で流布している実態が浮かび上がった。(花房壮)

 “50年戦争”史観が示されたのは、三重県の男性小学校教諭が発表したリポート「6年生の子どもたちと『戦争の半世紀(1894年から1945年)』と『これから』を考える」。

 男性教諭は平成26年度の社会科の授業で、日清戦争以降の出来事について、児童たちが当時にタイムトラベルする形で考えさせるアプローチを採用した。

 男性教諭が「戦争の恐ろしさを一つ書いて下さい」との指示に、ある児童は「一度勝ったら、負けるまで止まらないことが恐ろしい」と回答。さらに男性教諭が「いつから」と問うと、「1894年の日清戦争から」と答え、男性教諭も「そこから考えたら、51年続いたんだよね」と応じた。
 日清戦争は下関条約で、日露戦争もポーツマス条約でそれぞれ終結しており、その後は第1次世界大戦で日本がドイツに宣戦布告するまで戦争はしていない。ロシア革命後のシベリア出兵、昭和初期の山東出兵、満州事変なども起きているが、戦争が続くのは昭和12年の日中戦争以降のことであり、日清戦争から先の大戦が終結した昭和20年8月まで半世紀にわったって戦争が続いたとの見方は乱暴すぎる。

 にもかかわらず、男性教諭は一部の歴史学者が日清戦争から先の大戦の終結までを“50年戦争”と呼んでいることを引き合いに出し、「6年生の子供たちの見方も、歴史学者に迫るものがあると思う」と評価しているのだ。

 安倍晋三首相は昨年8月の戦後70年談話で「あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子供たちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」と訴える一方、「それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります」とも述べた。


 “50年戦争”史観は、将来の日本を背負う児童たちの「歴史を見る眼」を曇らせ、本来複雑である歴史の流れを理解する上で妨げになるのではないか。