久しぶりに自分の体のことを書きます。

 

自分の記憶に残しておきたいなって思うことを。

 

 

 

ちょうど一か月くらい前、ニューヨークに行く3日前、

乳がんの5年目の検診結果が出ました。

 

元気だし、痛いところもない。

大丈夫だろう、と大きな不安はなく検診結果を聴きに行きました。

 

 

マンモグラフィーとエコーの結果は良好。

 

ただ血液検査の結果が良くありませんでした。

いわゆる腫瘍マーカーの数値が上がっていました。

一応といわれてもう一度検査をしたら数値が2倍に上がっていました。

 

 

ここで考えられるのは胸に再発はしていないけれど

身体のどこかに転移しているんじゃないか・・・という不安。

 

転移する力が強いタイプのがんだと最初の告知で言われました。

 

 

 

まだ何も決まっていないのに弱っちぃ私はこらえきれず

看護師さんと問診中にボロボロ涙がこぼれちゃって

たくさんティッシュをいただき

「次来るときは一人じゃなく誰か一緒に来たほうがいい。」

「いつでも緩和ケアも紹介するから。」

 

と、とても とても優しくしていただきました。

 

 

 

ニューヨークから帰ってきてから

PET CT と  MRI を受けました。 

 

そのたびに左腕に打つ造影剤ですが

またまた3年前同様、血管君が逃げ回り

看護師さんに何度「ごめんね、ごめんね」っていわれたことか・・・。

 

うん。血管くん。がんばったね。

青くなったのは看護師さんやお医者さんも

一緒に頑張ってくださった証なのだ!

 

 

CTの日も MRIの日も

私は頭と心にかかってしまった靄(もや)をぬぐえず

目が真っ赤でした。

 

でも病院でくらい泣いてもいいよね。

 

 

そしておととい、全ての検査結果を聴きました。

 

主治医の先生が 

「大丈夫でしたよ」と前回は無かった笑顔を見せてくださいました。

 

その日の血液検査で腫瘍マーカーの数値が下がっていました。

 

じゃぁ、なんであんなに上がったのか・・・まだ不安はありますが

ホルモン治療の過程で上下することは珍しくないそうで

これからも数値は上がったり下がったりを繰り返す・・・らしいです。

 

 

安堵の涙は流れませんでした。

頭の靄がパーッと晴れて消えていくのを感じました。

 

先生の話を隣で聴いていた旦那さんも

きっと同じ気持ちだったと思います。

 

 

 

がんを経験した全ての方がこのような不安を抱きながら

日常生活を送っているのかもしれません。

 

 

私はこの一か月、

ずっと悪い結果が出ることばかりを想像していました。

 

そしてそれを想定し、

これからどんな風に生きていきたいのか

最期はどんなふうに死にたいのか

 

その前にやりたいことはなんなのか

会いたい人は誰なのか

行きたい場所はどこなのか

 

残される家族、メルシーとシェーンのこと、

お金はどこに寄付するのか、自分の葬儀のこと、

誰に何を伝えたいのか・・・

 

 

頭の中は決していい状態ではありませんでしたが

それでも冷静にそんなことを考えていました。

 

 

私にとってこの結果を待つ1か月は

大切なことを考えられた・・・大切な時間でした。

 

 

だけどやっぱりきつかった。。。

 

 

一緒に心配してくれた家族

笑わせてくれた友人

仕事をくださる各企業の皆様

 

一緒に歩いてくださる皆様に

心から感謝申し上げます。

 

ありがとうございます。

 

 

そして・・・

 

今も台風や大雨の被害で

苦しい毎日の中にいらっしゃる皆様に

心からお見舞い申し上げます。

一日も早く穏やかな日常が戻りますように。

 

 

そして同じく病と闘っている皆さんにも

心からのエールを、エールを、エールを!お送りします!

一緒に、一緒に、一緒に、歩いていきましょうクローバー

 

 

よーし!

今日も一日 がんばるぞ!!

 

 

最後まで読んでくださった皆さん

本当にありがとうですクローバー