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千手成庵の雑記雑感

日々、のんびりと・・・・

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BBC制作のビデオ「市民の20世紀」全13巻は、1996年に作られました。20世紀を俯瞰できる記録映像です。
イギリスのBBCは、この手の記録映像作りは定評があります。

20世紀が生んだ政治、経済、科学、技術が人々にどのような影響、変化を与えたか当事者、
目撃者の証言を交えて色んな角度から展開されています。

何度も見ましたが、20世紀がどんな世紀だったのかを知るには、便利です。
DVD化されていないのが残念です。

12巻は「拡がる核の脅威」です。
広島、長崎への原爆投下は、早期の戦争終結と平和をもたらしてくれた科学のプレゼントとしてアメリカで歓迎されました。

その後の米ソの原爆・水爆競争によりアメリカでは主にネバダ州で核爆発実験が行われました。
当時は、放射線被害についてあまり深刻にとらえられておりませんでした。

軍隊も、原爆での影響がどのような程度なのか知らず、爆発後、いかに爆心地に近くまで部隊を進めることができるか競い合ってました。

後に「ダーティー・ハリー」と呼ばれる一連の核爆発実験は、1953年にネバダ州で行われ、ラスヴェガスでは、観光客が夜空に光る核爆発を花火見物のように眺めていました。

240Km離れたユタ州セントジョージという人口2万人の町は、核実験場の風下でした。

実験の翌年あたりからダウン症の赤ちゃんの発生率が多く、何だかヘンだとなり、その後も子供の白血病、がん発症率が多く、原因は「ダーティー・ハリー」だとして騒がれ政治問題となりました。

当時の原子力委員会は、もちろん、「原爆実験は安全である。問題ない。」と言ってました。
もしかしたら「ただちに、健康に影響はない。」とも言ったかもしれません。

スリーマイル、チェルノブイリ、フクシマでも同様ですが、都合の悪いことは隠すのが為政者の常のようです。

間もなくフクシマから一年です。
これから数年、生まれてくる赤ちゃんたちに影響がないこと祈るばかりです。
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吉田繫治さんの有料メールマガジン「ビジネス知識源」は、唯一、お金を払って読んでいるメールマガジンです。もう10年近くなるでしょうか。

定期購読読者数は4万人位でしょうか。
1ヶ月の購読料が630円ですから、吉田さんはこれだけで年収3億円を超えています。

まあ、それだけ中身が濃いです。
とくにリーマン・ショック、ユーロ危機を的確に言い当てたことで読者は増えたようです。

今回、「国家破産」を出されましたが、ここ1年くらいのメルマガの要約です。

21世紀の金融・経済についての解説と今後の方向性についての論評です。
デリバティブの巨大化とスピードが現実金融経済を振り回している現状が事実・数値・論理で分かりやすく説明されています。

池上さんやTV、新聞の説明では物足りなさを感じている方には、「国家破産」は今日の金融・経済を理解するにはいい教科書だと思います。

「国家破産」は文字通り「国家」がデフォルトに落ち入ることで、規模は違いますが、近い例では夕張市みたいなものです。

夕張市がデフォルトになったと言っても夕張市の市民や法人が「破産」したわけではありません。「夕張市」が破産しただけです。

夕張市の公務員がリストラや収入減になります。従来の行政サービスが廃止や縮減されます。
夕張市の市民や企業は、増税と従来通りの行政サービスが受けられなくなりました。

身の丈に合う以上の行政サービスを享受して、負担すべきを負担しないでを借金を重ねに重ねて、首が回らなくなった結果です。

PIIGSも同様でしょう。

では日本は?
「本日は、お忙しいなか、また遠方にもかかわりませず故Mの葬儀告別式にお集まりいただきまことにありがとうございます。多くの方にお集まりいただき弟も喜んでいると思います。

親族を代表いたしまして一言、ご挨拶を申し上げます。

弟は昭和30年5月に三人兄弟の末っ子として、この地、神戸に生を受けました。
末っ子だからでしょう、母に甘え可愛がられていとことを懐かしく思い出します。

若いころから山登りが好きで、仲間と全国各地の山へ登っていました。
昨晩の通夜のおり、山登り仲間たちが多く集まり弟の棺を囲んで山の唄を合唱して
送っていただきました。

その光景には胸に迫るものがありました。
素晴らしい仲間を持った弟は幸せものです。

兄たちが親元を離れ、神戸を離れた後、残された父母の面倒を見るのは自分の役目だと
思ったのでしょう。この地、神戸にたつきを得て父母が亡くなるまでよく世話をしくれました。

内心忸怩たる思いとともに、感謝に堪えません。

K子さんという素晴らしい伴侶を得て、子供にも恵まれ、にぎやかながら楽しい家庭をきづいて
いました。

このたび、癌を患いましたが、前向きな気持ちで病と闘いました。闘病の甲斐なく残された家族を
想いながら永い眠りにつきました。

父母の待つ世界へ旅たちましたが、母は『Mちゃんかぁ、よう頑張ったなぁ、ご苦労様やったなぁ。
ここはな、痛みも苦しみもないとこや。ゆっくり休んだらいいんやで。ここからな、K子さんや子供を
見守っるんやで』といつもの穏やかで優しい笑顔で言うことでしょう。

弟も笑顔でうなづきます。そのような光景が目に浮かびます。

どうぞ残された家族におきましても故人同様の変わらぬご厚誼、ご指導をお願いいたします。」

56歳でした。死因は肝臓がんです。すさまじい闘病の二年間でした。

ブルーです。
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東京の国立西洋美術館で40年ぶりに「ゴヤ展」をやっています。
40年前に見たのは京都でした。

スペインの宮廷画家にして近代絵画の父と言われています。
特に後半は狂気じみたおどろおどろした絵や「裸体のマハ」のような
謎めいた絵があり、興をそそられます。

若いころ見たゴヤには驚きはありましたが感動はありませんでした。
今の年齢で見ればどうかな、と自分自身の変化も気になります。
40年ぶりと言うことで楽しみでした。

何と、休館日でした。がっかりです。

精養軒でビールを飲み、よちよち歩きを始めた孫を上野公園で
遊ばせて晩秋を楽しみました。
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朝の気温が、そろそろ0度にもなろうかという頃です。
近くの公園にあるイチョウも写真のように落葉が盛んです。

ギンナンもたくさん落ちているので拾いました。
実を取りだしていたら、はたと気がつきました。

昨年、拾ったギンナンがまだ多く残っていました。
そのままかじるか、茶碗蒸しに入れるぐらいなので大して食べません。

手間暇と独特のにおいを思えば処理する手が進みません。

おいしくたくさん食べられるレピシーが必要なようです。