過去にUFOブームを巻き起こした、日本の超常現象の第一人者といえばこの方。

 

 

 

 

 


矢追純一さんでございます。

1970~1980年代に日本テレビの名物ディレクターとして、
超能力・未確認生物(UMA)、UFO(未確認飛行物体)などのオカルトネタを扱った特番を量産し、「怪奇ディレクター」「UFOディレクター」の愛称で知られたこの方。


人により、評価はさまざまかと思われますが・・・・


 さて、そのような矢追純一さんをISD個性心理学で分析させて頂くとどうなるのか?!


結果は以下に・・・・・


◎動物で観る矢追純一さん

矢追純一さんは1935年生まれ、7月17日生まれあり、「ひとりのときの性格」としては「リーダーとなるゾウさん」の面をお持ちであり、また「ひとづきあいのときの性格」としては「ヒツジさん」としての面をお持ちです。

まずはそんな矢追さんの「ひとりのときの性格」をみてみましょう)^o^(

 

 

 

 

 

◆ 素直でひたむきであり、やるべき事は徹夜をしてでも済ませる方でしょう。 

◆ 一所懸命頑張ることが人生の意義と考える努力至上主義者です。

◆ 親分肌ですが、組織人というより自主独立の気概が強いでしょう。

◆ 物事を深く掘り下げるので、医師や技術者などの専門職に向きます。

◆ 実力で専門家になる事を望み、大きな足跡を残す人になり得ます。



1935年満州国新京に生まれ、電機学園高等学校(現:東京電機大学高等学校)を経て、中央大学法学部法律学科卒業された矢追純一さん。

1960年には日本テレビ入局。

制作局在職中に『11PM』や『木曜スペシャル』で超常現象を扱ったドキュメンタリー風オカルト番組を数多く手掛け、自らも番組出演する名物ディレクターとして売り出されましたね(^_^;)


また、通称「キワモノ専門の呼び屋」康芳夫さんと結託して、『石原慎太郎の国際ネッシー探検隊』(1973年)、『超能力者ユリ・ゲラー』(1974年)、『オリバー君来日』(1976年)等の話題作を次々と仕掛け、時代の寵児となりましたが、、、、

スプーン曲げで追従した関口少年のトリックが見破られて超能力ブームが一気に終息したため、
1970年代末以降はUFOネタにシフトして番組制作をするようになりました。


その後は系列局のアール・エフ・ラジオ日本に出向してディレクター兼ディスクジョッキーを務め、1986年9月に退局。

 以降は財団法人地球環境財団の設立発起人に名を連ね、広報兼常務理事に就任(後に退任)。

またバブル景気に乗じて、オーディオ機器製造会社イマジェックスや、株式会社ジェイプランナーの社長、有限会社スペース・ラブ取締役などを歴任。 

 現在では地球環境問題、UFO問題を中心に、
フリーのディレクター、プロデューサーとしてテレビ、ビデオやラジオの番組制作、および出演で活躍中。さらに著述、講演、レクチャー、そして取材などで世界を奔走中。


ということで、経歴の多彩さ、そして現在フリーでの活動をされているところからみると、

◆ 素直でひたむきであり、やるべき事は徹夜をしてでも済ませる方でしょう。

 ◆ 一所懸命頑張ることが人生の意義と考える努力至上主義者です。

◆ 親分肌ですが、組織人というより自主独立の気概が強いでしょう。


というところが感じられそうですね(^_^)

 

 

 

 

また、石川県羽咋市のコスモアイル羽咋の名誉館長に就任し、 2011年にはコスモアイル羽咋が実施した「UFO検定」(?!)を監修したという実績からみても

◆ 物事を深く掘り下げるので、医師や技術者などの専門職に向きます。

◆ 実力で専門家になる事を望み、大きな足跡を残す人になり得ます。


ということはまさに「折り紙つき」といえないでしょうか???(^_^)

 関係ないけど、個人的にその「UFO検定」を受けてみたいような・・・・・(笑)

 

 

 

一方で「ひとづきあいのときの性格」としては「ヒツジさん」としての面もお持ちの矢追純一さん。

 

 

 

 

 

◆いろいろなところに顔をだし、たくさんの仲間を作ることが好きでしょう。

◆気の利いた話をして、その場のムードを和やかにすることも好きでしょう。

◆客観的に物事を判断し、はっきり物事をいえるところもあるかも?



上述のように未知の世界の紹介者として活動し、現在でも様々な媒体で、ご自身の得た情報を発信されている矢追純一さん。

実は、テレビ局時代から公共電波や誌面から伝えられることには限界があり、そこでは本当に伝えたいことは何一つ伝えられてこなかったと言っているそうです。


そこで1995年から、今では50回を超える「宇宙塾」という、少人数の参加者のみに隠された真実を伝える会を開いてきたそうです。

未知の世界の探究されてこられた矢追さんは一体何を伝えようとしておられるのか・・・・
(まあ、そのあたりは皆様ご自身で・・・・・・)
ということで、


そこには仲間を作りたい、ということかもしれません。。。
◆いろいろなところに顔をだし、たくさんの仲間を作ることが好きでしょう。

◆気の利いた話をして、その場のムードを和やかにすることも好きでしょう。



という気質も隠されているのかもしれません。


また、矢追純一さんのオフィシャルブログ「僕たち知らないことだらけ」。

 こちらは現在でも頻繁に更新されていますが、「UFOはいまさら存在するとかしないのレベルじゃない」「人間、いくつになっても無限の可能性」というような題名の記事が多く

◆客観的に物事を判断し、はっきり物事をいえるところもあるかも?


というところは、こちらでもちょこっとみせているのでしょうか(^_^;)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎レール(生き方・ポリシー)で観る矢追純一さん。

 矢追純一さんのレール(生き方・ポリシー)は10タイプあるうちのこちら・・・

■ロマン=直感鋭い芸術タイプさん

■鋭い感性とデリケートで傷つきやすい神経を持ったロマンティスト

■孤独を愛し束縛を嫌う反面、さみしがり屋の一面もある。

■心の底には深い慈悲を持ち、涙もろい割に反抗心が邪魔して周囲をてこずらせることもあるかもしれません。

■自らの発想や主張を伝達することに長けた能力の持ち主。



「僕は、日本のサラリーマンたちに、空を観てもらいたかったんですよ」


 矢追さんのUFO番組を作り始めたきっかけを集約する言葉です。


ちょっと長くなりますが、その頃のエピソードをみてみましょう(^_^;)


矢追さんが日本テレビ入社したての頃は「ホームドラマ」全盛期の時代でしたが、トレンドである和気あいあいとした大家族、楽しげにみんなで食卓を囲むようなストーリーが絵空事のように感じられた矢追さんは家庭崩壊や、娘が自立してひとり暮らしをするというようなドラマばかりを制作していたため、視聴率が取れず、孤立していたそうです。

(今から考えると時代を先取りしていたのでしょうか・・・・)


 ちょうどそのころ、矢追さんのようなテレビ局のはみ出し者を集めた画期的な番組がスタート。それがかの有名な「11PM」だったそうです。 

 番組スタートしたての頃矢追さんは、
周りの忙しく働くサラリーマンの人たちが、道端の花をみることなく、空を見上げることもなく、ただ仕事や会社だけを考え、下をうつむきながら、足早に急いでいる姿をみて、なんとか彼らの顔を、上に向けることができないのかと考え・・・・


 そこで思いついたのが「UFO」

 
UFOをテレビで放映すれば、人々の関心が、空に向かうだろうという願いをこめた仕事が「11PM」での「UFO」特集だったとのことです(^_^;)


(ちなみに、その当時もし本当にUFOが現れ、宇宙人がおりてきたときのために接待用にちゃんと日本テレビの社長応接室をその日におさえていたそう・・・・)


また、「UFOそのものをバッチリ撮りたいとか、そういう欲はありません」「日本人の視野の狭さを何とかしたいんだけど、空を見せようという番組作っても視聴率稼げないから」「UFOや超能力がインチキであるとかないとか言うことは、何ら意味がないんだよね」等と明言しているように、やはりもともとは日本人の現状をどうにかしたかった、ということが今につながる活動の原動力のようです。

そのようなところと、先述の経歴、エピソードを合わせてみてもまさに
■鋭い感性とデリケートで傷つきやすい神経を持ったロマンティスト

■孤独を愛し束縛を嫌う反面、さみしがり屋の一面もある。

■心の底には深い慈悲を持ち、涙もろい割に反抗心が邪魔して周囲をてこずらせることもあるかもしれません。

■自らの発想や主張を伝達することに長けた能力の持ち主。


ということがいえるかもしれません。。。

 

 

 

 

 

 そんな矢追純一さん。テレビの表舞台に出ることは少なくなりましたが、現在でも精力的にご活動をされているようです。

 果たして今の日本人についてどのような知見をお持ちなのでしょうか・・・・先述のように実は、「先見の明」をおもちだった矢追さん。

いつかまたテレビにご出演されて、がっつりお話を聞いてみたいですね(笑)