東日本大震災から15年
どんな災害にあっても、どんな理不尽な目にあっても。遺された人は前を向かなければいけないのだと。周囲との落差を感じながら、言えないことがたくさんあって、言ったところで遭遇したことがなければ伝えたいことも伝わらないもどかしさのなかで。つらかったね、泣きたかったねという言葉は、少しの癒しになるけども、残念ながらどんな言葉も、誰の言葉もいやしきることはできない。東日本大震災の被災者だけではなく、阪神淡路、新潟中越、熊本、北海道胆振そして能登半島。立ち上がるための支援は必要。金銭的支援だけでなく、周囲に集まるだけでもいい。声や人が来ていることでも現地の人は実感できる。これからも自然災害の心配は消えない。むしろやって くるであろうことが予測されている。他人事ではなく、自分事として。携帯のバッテリーがなくなったら、携帯がつながらなかったらどうする?せめて生活のもっとも頼りにしているものが失われたときのことぐらいは考えておいたほうがいい。▲2011年4月30日 小名浜。▲2011年4月30日 小名浜。▲2011年4月30日 塩竃。▲2011年5月1日 釜石▲2011年5月1日 釜石▲2011年5月1日 釜石3.11