韓国のソウルに滞在中。気温は高い。昨日、昼間は観劇はせずソウル市内の様々な場所で観光を楽しむ。わたしが宿泊する東大門からさほど遠くない場所に広蔵市場という場所がある。韓国語で「カンジャンシジャン」と発音するこの市場は、有名な観光スポットであるという。衣類や雑貨、韓国食材など様々な商品が並ぶ伝統的な市場である。様々な韓国食材の食べ物がズラリと並ぶ屋台の店主はだいたいオバサンだが、通り全体から「生きてるぜ、俺たちは!」という力強い生命力が溢れている。


オバサンに「チョギヨ、イゴヂュセヨ!」と声をかけ食べたいものを買えばよいのに韓国語がしゃべれない気後れからその一歩が踏み出せない。「初めてのお使いの子供か、お前は!?」と自分に突っ込みながら広蔵市場をぶらぶらと歩く。韓国人の友人のPさんのアテンドで午後は明洞(みょんどん)を散策し、「ソルビンカフェ」というパーラーでかき氷を食べる。巨大なかき氷だが、そのデコレーションが豪華で味も濃厚で美味しい。


夜は建国大学(コンデイック)という駅のある町で、わたしの芝居を韓国の人たちに紹介してくれたYさんと会食。Yさんは在日韓国人として日本で演技の勉強をしていた経歴があり、現在はソウルで翻訳と通訳の仕事をしている三十代の女性である。わたしがリクエストしていたこともあり、生まれて初めてカンジャンケジャンを食べる。(カンジャンケジャンとカンジャンシジャンはよく似ている)カニをベースにした食べ物だが、美味しくいただいた。それにしても、サムギョプサルにせよ、サムゲタンにせよ、タッカンマリにせよ、こういう食材をこのように調理して食べることを思いついた韓国人は凄いと思う。


ふと、劇作家の井上ひさしさんの傑作戯曲「雨」は、井上さんがオーストラリアのキャンベラに滞在中に書かれたというエピソードを思い出した。江戸時代を舞台に主人公の言葉(方言)をめぐる悪戦苦闘を描く本作は、井上さんが実際に疎外感を感じる外国で書かれたのだ。ある特殊な状況=異国に投げ込まれた人間の姿は、作家の想像力を強く刺激する。この言葉による疎外感を元にわたしはどんな物語を書けるのか?


✵広蔵市場の店にて。