吉祥寺アップリンクで「関心領域」(2023年)を見る。前宣伝の段階でピンと来るものがあり、見たかった映画である。わたしは午前中の回を見たのだが、観客席はそこそこに埋まっていた。原作はマーティン・エイスミスの小説。


第二次世界大戦下のドイツ。アウシュヴィッツ強制収容所に隣接する豪華な邸宅。この家には所長のルドルフ・ヘス一家が住んでいる。妻はいつものように夫を送り出し、家事や子供たちの世話をして一日を終える。そんな幸福な日常を過ごすルドルフ一家だったが、上層部の命令で転勤を余儀なくされ、一家はこの地を離れることになる。


アウシュヴィッツ強制収容所の近くの所長の家という舞台設定を聞いた時、わたしが真っ先に思い出したのは「縞模様のパジャマの少年」(2008年)である。すばらしい胸糞映画であるその映画にも同じような「所長の家」が出てくるからである。しかし、「縞模様の〜」と本作の決定的な違いは、前者が強制収容所内の出来事をかなりのボリュームで描くのに対して、こちらはそれを排して物事を描く点である。強制収容所内でのユダヤ人の殺戮は暗示する程度(銃声や黒い煙など)に描き、その内容を観客の想像に委ねるのである。本来、真っ先に描くべきことをあえて省略する、この言わば「演劇的な手法」で歴史的事実を描くことにより、本作は独創的な広がりを持ち得ている。


この描き方ゆえに、わたしたち観客はルドルフ・ヘス一家の平凡な日常が無惨なユダヤ人たちの死と隣り合わせに営まれていることを常に意識しながら画面を見つめることになる。タイトルになっている「関心領域」とは本作の登場人物たちの幸せな生活であり、それ以外のことを考えもしない無関心さを表している。そして、そんな人間の在り方は第二次世界大戦下のドイツだけの話ではなく、現代を生きる我々の姿にも重なるから、そこに本作のすぐれた批評性と現代性がある。


本作を見て強い恐怖感を感じるかどうかは、観客の歴史的な事実に関する知識と想像力にかかっている。だから、ナチス・ドイツによるユダヤ人殲滅計画を知らない人が見ると、淡々としたドイツ人の日常だけを描いた退屈な映画に見えるかもしれない。いわゆるエンターテインメント性は非常に乏しい映画だから物足りないという人もいるにちがいない。しかし、わたしはその演劇的な手法(物語の語り方)に大いに啓発された。いい芝居は「全部見せない」ものである。


✳同作の原作。(「Amazon.com.jp」より)