元裁判官で弁護士の森炎さんの書いた「名作裁判~あの犯人をどう裁く?」(ポプラ新書)を読んだのは2015年である。わたしはその本の最終ページに「わたしのために書かれた本」との感想を記した。本書「あなたが裁く! 「罪と罰」から「1Q84」まで:名作で学ぶ裁判」(日本経済新聞出版社)は、その新書では割愛された作品を含んだ原典に当たる本である。「名作裁判」では扱われなかった映画(小説)は以下のようなもの。


●「激突!」

●「テレーズ・ラカン」

●「ナイアガラ」

●「灰とダイヤモンド」

●「凱旋門」

●「郵便配達は二度ベルを鳴らす」

●「逃亡者」

●「アンタッチャブル」

●「第三の男」


映画には犯罪行為が描かれることが多い。窃盗、強盗、殺人、誘拐など。しかし、それらの犯罪が法的にどのように評価され、刑罰が下されるものかを考察することは滅多にない。「ダイ・ハード」(1986年)でテロリストたちを山ほど撃ち殺している主人公や「危険な情事」(1987年)で夫の不倫相手を撃ち殺した妻の法的な立場など普通は考えない。しかし、そんな彼らのそれをきちんと考察しているのが本書である。


上記の映画をすべて見ていたわけではないが、わたしは本書を読む前に「激突!」をどのような視点で裁くのか興味津々だった。危険運転致死傷罪か? いや、主人公の車の運転手・デビッド(デニス・ウィーバー)に「正当防衛が成り立つか、否か?」と予想をつけた。主人公はタンクローリーの運転手の執拗な攻撃に対して反撃したに過ぎないのだから。つまり、デビッドの正当防衛は成り立つと考えた。一読後、その予想は外れ、正当防衛は成り立たず、転落死したトラック運転手に落ち度はあるが、デビッドは殺人罪で懲役10年くらいになるのではないかと著者は結論づけていた。


言うなれば、本書の著者は、フィクションに対して「あしたのジョー」で力石徹が死んだ時に葬式を出した寺山修司のようなアプローチをしているということである。この視点の延長に「桃太郎」や「さるかに合戦」など、日本古来の昔話の登場人物たちを法的に判断するテレビ番組「昔話法廷」(NHK)はあるにちがいない。


いずれにせよ、フィクションの中の登場人物たちの法的な立場とその刑事責任を考察する本書は、フィクションと裁判に強い興味があるわたしには最良の内容を持っている。もちろん、著者は裁判員裁判による司法改革の中で、実際の刑事裁判に参加するわたしたち一般人をさりげなく啓蒙することを目的に本書を書いてくれているのだが。


*同書。(「楽天ブックス」より)