Netflixで「容疑者X」(2023年)を見る。東野圭吾の小説「容疑者Xの献身」を原作としたインド映画。日本版はもちろん韓国版「容疑者X~天才数学者のアリバイ」(2013年)を見たことがあるが、東野圭吾原作のインド映画という点に興味を持ち、一見に及ぶ。


インドの田舎町。離婚した元夫に復縁を迫られたシングルマザーのマヤは、娘を守るために誤って夫を殺害してしまう。マヤの隣人である数学教師のナルーは、彼女を助けるべく完璧なアリバイ作りを計画し、実行に移す。ナルーの旧友でムンバイ警察からやって来たカランはマヤを容疑者として調査を開始する。


オリジナル版を知った上で本作を見ると、作り手たちが原作をいかにしてインド社会におけるミステリーとして翻案しようとしているかがわかり、その違いを確かめるのが楽しい。一番大きな改変は、原作における物理学者の湯川を省略し、真相を追う刑事と統合した点にある。これは韓国版と同様であるが、インド版はヒロインに求愛する誠実な男性の役割も刑事に盛り込んでいて、その点に感心した。殺害される元夫が汚職警官だったり、ヒロインの過去の職業がポールダンサーだったり、数学者と刑事が柔術の道場で一戦を交えたり、そういう改変も無理なく物語に溶け込んでいる。物語を通して垣間見えるインド社会の様子(ヒロインは刑事とのデートでカラオケに行く)も興味深い。


それにしても、インドの俳優が演じてまったく違和感がない本作を見ると、東野作品の普遍性を感じずにはいられない。この「無償の愛」の物語は、日本でも韓国でもインドでも成り立つわけである。そして、改めて本作の劇的な設定の巧みさに唸らざるを得ない。卑劣な元夫を偶発的に殺害してしまった美しいシングルマザーの隣の部屋に人生に絶望した優秀な数学者が住んでいて、その男が女を助けるためにその天才的な頭脳を使って完璧なアリバイを用意するというその設定が。

言うまでもなく本作はフィクションである。見ようによれば作家が頭の中で作り出したわざとらしい絵空事である。しかし、作家の想像力が生み出したその劇的境遇=登場人物たちの組み合わせは、鮮やかに「無償の愛」という主題を表現している。実話には実話の面白さがあるが、ここにはフィクションだからこそ表現できる物語の醍醐味がある。

*同作。(「シネマデイズ」より)