本日、すみだパークシアター倉で「好男子の行方―三億円事件―」が幕を上げる。本作の初演は2018年。場所はオメガ東京だった。わたしが「昭和事件シリーズ」と題した一連の作品に取り組むきっかけとなった最初の作品である。


ある日、三億円事件を紹介するとある本を読んでいたら、「事件が起こった1968年12月10日から三日後、12月13日の夜。金を奪われた日本信託銀行国分寺支店の銀行員たちは支店長室に集まり、事件の経緯を支店長に報告した」という一節があった。この一節に出会った時、わたしはそこでどんなやり取りが行われたのかを想像して本作を書いたのだった。


ところで、世の中には「現金強奪事件」と呼ばれる犯罪はたくさんある。正確な数はわからないが、それこそ無数にあるにちがいない。そんなにたくさんある現金強奪事件の中で、この事件が後世に語り継がれるのは以下のような理由であると思う。最大の理由はこの事件が未解決で終わったということである。警察の捜査により、この事件の犯人が逮捕されていれば、この事件も単なる強盗事件の一つとして人々の記憶に強く刻まれることもなかったのかもしれない。

もう一つは犯行の鮮やかさである。もしも覆面をした犯人が武装して現金輸送車を襲撃し、銀行員たちを脅して金を奪ったのなら、その手口は極めてありきたりな強奪事件である。しかし、この事件の犯人はそうではなかった。白バイ警官に偽装して銀行員に接近し、車に爆弾が仕掛けられていると嘘をついて銀行員たちを避難させ、車ごと現金を奪取したのである。その演劇的な犯行の態様の鮮やかさが人々の関心を集めたのも道理である。物理的には身体を傷つけられた人間は一人もいない。ゆえに強盗と言うより、これは一種の詐欺に近い手口である。

わたし自身はバイクを自ら運転したことはないが、1968年12月10日、激しい雨が降りしきる中、府中刑務所脇の道を白バイ警官に偽装して走る犯人の心中に思いを馳せると胸が熱くなる。その時、三億円事件の犯人は何を思ってバイクを走らせたか? その青年はどういう動機で三億円強奪を目論んだのか?

「光への道は遠く」の中で、唯一コメディと呼びたい一作が「好男子の行方」である。ご来場を心よりお待ち申し上げる次第である。

*支店長(若杉宏二)は銀行員たちに命令する。


https://youtu.be/NoMgG8qqxTs?si=hGf8ax9Fe9CEp1KR 



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