剛速球

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WBCのイタリア戦で、サムライジャパンの大谷翔平投手は時速164キロの剛速球を投げた。164キロというスピードがどのくらいのものかを想像する時、人間は何を基準にそれをイメージするか? 大概の場合、乗り物の速度を基準にすると思う。高速道路を時速100キロ以上で走る車に乗っていたことはあるが、体感としてはちょっと恐怖感を感じる速度である。それよりさらに速いのが大谷選手の投げるボールである。(因みに新幹線は大谷選手のボールより速い)


調べてみたら、日本のプロ野球で史上最速記録は、2016年に大谷投手がマークした時速165キロだそうである。しかし、2013年にデニス・サファテ投手(当時、西武ライオンズ所属)が時速172キロという速度のボールを投げた記録があるらしい。 いずれにせよ、そのへんが現代の人間が投げることができる最速のボールということである。


劇作家の佃典彦さんが書いた戯曲「ランディおじさん」には、時速170キロのボールを投げる浮浪者のおじさん(演:中原和宏さん)が登場する。わたしはその芝居を生では見ていないのだが、社会の最下層に生きるしがない浮浪者のオッサンがそんな剛速球を投げるという点にシュールな面白さを感じる。しかも、彼はそんな力を持ちながら浮浪者(!)なのである。何という宝の持ち腐れ!


神宮球場でプロ野球観戦をしたのは今から50年くらい前である。当時わたしは小学生だった。わたしが座った三塁側のスタンドの目の前で、投手がピッチング練習をしているのを目の当たりにした時、幼いわたしはそのボールの速さに驚嘆した。そして、心の中でつぶやいた。


――「こんなもん、打てるわけない」


わたしの経験の中で、その驚嘆に匹敵するのは、富士山の裾野で行われた自衛隊の軍事演習で戦車の砲撃音を聞いた時くらいである。いずれにせよ、バッターボックスに立ち、時速164キロの剛速球を投げる投手と相まみえたら、さぞかし怖いにちがいない。


*星飛雄馬。(「読売新聞」より)