自宅近くの古本屋の100円均一コーナーで、山田太一さんのシナリオ集「早春スケッチブック」(大和書房)を発見する。文庫本を含めてすでに三冊持っているのだが、値段につられて購入してしまう。しかし、帯つきは初めてで、若き日の山﨑努さんと岩下志麻さんが見れる。キャッチコピーは「平凡な日々を送る一家を脅かす一人の男の影」である。


*同書の帯。

帯裏に「あとがき」から引用された以下のような文言がある。

《「いつかは」とニーチェがいっています。「自分自身をもはや軽蔑することができないような、最も軽蔑すべき人間の時代が来るだろう」と。実をいうと、そのニーチェの言葉が、このドラマの糸口でした。テレビを見ていらっしゃる人々とそれほど違わない家庭の生活を描き、それに罵声を浴びせかけるドラマ。――これは、そんなドラマです》

調べてみたら、本作のオンエアは1983年だから山田さんが49歳の時の作品である。男盛りのバリバリに尖った山田さんのエネルギーをひしひしと感じる文言である。今の山田さんなら「ずいぶんと大袈裟な物言いをしたものである」と照れ笑いしそうであるが、本作が指し示している内容は今もまったく色褪せていない。

ところで、「岸辺のアルバム」「男たちの旅路」「冬構え」など秀逸なタイトルがたくさんある山田ドラマだが、本作はなぜ「早春スケッチブック」という明るいタイトルがつけられたのだろう? 何かのエッセイで山田さん自身が触れていたかもしれないが、思い出せない。たぶん山﨑努さん扮する無頼のカメラマン沢田竜彦が死に、その死を乗り越えて生きていく家族たちの未来を春の季節と重ねて示しているにちがいないが、本作はタイトルの明るさに似合わぬくらい深く厚いドラマであるとわたしは思う。

いずれにせよ、わたしが視聴したテレビドラマのベストオブベストは本作である。テレビドラマめかしてはいるが、わたしにとって本書は一種の哲学書である。

*同書。