日本語には自分の妻のことを言い表す言葉はいくつかあり、それは「女房」「家内」「嫁さん」「カミさん」「連れ合い」などであるが、一般的なのは「奥さん」だろうか。なぜ「奥さん」かと言うと、家の浅いところではなく深いところ=奥にいるからであろう。そう考えると含蓄がある言葉である。妻のことを「細君」とも言うが、わたしは現実でも、創作物の中でも一度もこの言葉を使ったことがない。


●細君

他人に対して自分の妻を謙遜していう語。同輩以下の者の妻をさしていう語。当て字で「妻君」とも書く。 細君の語源・由来 細君の「細」は、「小」「つまらないもの」の意味で、中国語からの借用。 自分をへりくだっていう「小生」や、自分が勤めている会社を「小社」というのと同じく、細君は他人に対し自分の妻をへりくだっていう語である。 転じて、他人の妻をいうようになったが、ごく軽い敬意をもって同輩以下の人の妻をいう語なので、目上の人の妻を「細君」と言うのは失礼にあたる。(「語源由来辞典」より)


つまり、細君は「愚妻」を少しだけ柔らかくした言葉ということか。まったく知らないことだったが、日本の古い男尊女卑の歴史を物語る言葉である。西洋社会で自分の妻のことを「愚妻」とか言って人に紹介したら、使った人間の人格を疑われて社会的に抹殺されてしまうのではないか?


偏愛する地下鉄乗っ取りアクション映画「サブウェイ・パニック」(1974年)のオープニング近い場面に以下のような場面がある。地下鉄をハイジャックした四人組のギャングの中の一人が車両移動をしようとする黒人の乗客を連結ドア付近で通せんぼする。


犯人「通行禁止だ」

黒人の乗客「もし行けば?」

犯人「細君が泣く」

と隠し持ったマシンガンをコート越しに突き付ける。


「もし行けば?」に対して「死ぬことになる」と直接的に言わないところにハイジャック犯人のユーモアがあるわけだが、それはそれとして、わたしが初めてこの世に細君という言葉があることを知ったのはこの場面を通してだったと記憶する。いずれにせよ、身内を謙遜して表現することは奥ゆかしくもあるが、令和のこの時代、細君や愚妻はほとんど死語ではないか?


*細君。(「国語辞典オンライン」より)