初めて足を運ぶ新宿のK's cinemaで「夜明けまでバス停で」(2022年)を見る。一昨年、東京渋谷区のバス停で起こった女性ホームレス殺人事件を題材にした日本映画。高橋伴明監督。


●渋谷女性ホームレス殺人事件

2020年11月16日午前4時ごろ、渋谷区幡ヶ谷バス停のベンチにホームレスの女性(64)が座っていたところ、通りがかりの男(46)が石などの入ったポリ袋で女性を殴り、外傷性クモ膜下出血で死亡させた。現場近くに住んでいた男は自首したが、保釈後、自宅近くのビルから飛び降り自殺した。(Wikipediaを要約)


安倍元総理銃撃事件の犯人である山上徹也容疑者の半生を描く「REVOLUTION+1」という映画があっという間に製作されて話題になったが、こちらも素早いという意味では相当に素早い映画化である。そして、改めてこの事件が人々にとって相当にセンセーショナルな事件だったことを再認識した。なぜこの事件がセンセーショナルだったかと言うと、コロナ禍を生きる不安を抱えた我々にとって、被害者の女性の死は決して他人事ではなかったからだと思う。


事件を元にしているとは言え、映画は実際の事件を忠実に再現していくという種類のものではなく、大胆なフィクションで味つけされた内容だった。そのフィクションを代表する人物が主人公の女性(板谷由夏)が新宿西口公園で出会う同じくホームレスの男(柄本明)である。この全共闘崩れの男の存在が、コロナ禍での苦しい生活を「自己責任」という言葉で突き放し、女性を死に追いやった時の政府への不信感を象徴しているように感じた。


劇中で理不尽な理由で生活を破壊され、残飯を漁るまでに転落する女性の心中を想像すると、その惨めさと痛ましさに言葉を失うが、ホームレス女性を排除しようと決意し、それを実行に移した加害者の男の現実をきちんと盛り込むと、本作の見え方はずいぶんと違うものになるように思う。自ら死を選んだ加害者は本当にただのキチガイだったのか? いずれにせよ、事件から間もない段階で製作された本作は、題材や手法に現在のわたしの関心と重なるところが多い一作だった。


*同作。(「jb press」より)