「日影のこえ」(高木瑞穂+YouTube「日影のこえ」取材班/鉄人社)を読む。サブタイトルは「メディアが伝えない重大事件のもう一つの真実」である。現在のわたしの興味と合致する書名に惹かれて一読に及ぶ。本書で扱われる事件は以下のようなもの。


●中野劇団員殺人事件

●千葉小3女児殺人事件

●大阪21歳女性刺殺事件

●前橋高齢者強盗殺人事件

●京都アニメーション放火殺人事件

●八王子中2女子いじめ自殺事件

●三島バイク交通死亡事故

●目黒5歳女児虐待死事件

●大阪姉妹殺人事件


知っている事件もあれば、まったく知らない事件もある。しかし、著者が「メディアが伝えないもう一つの真実」を探るべく、それぞれの事件の周辺にいた人々に取材を繰り返していくのは同様である。こういう本を読むと、わたし(たち)がいかにマスコミが伝えた情報だけを鵜呑みにして事件を知ったような気になっていることがよくわかる。いや、もっと正確に言うなら、マスコミが伝えてくれるのは事件の「あらすじ」であり、本書が伝えてくれるのは事件の「細部」である。


本書が扱う事件の中で、最も印象に残ったのは中野劇団員殺人事件の章である。もうずいぶん前の事件のようにも感じるが、この事件は2015年の夏に起こった殺人事件である。東京中野に住む若い劇団員の女性が殺害され、半年後にDNA鑑定により犯人が逮捕された事件である。犯罪愛好家のわたしは、当然、そのくらいの概要は知っているわけだが、彼女と同じ劇団に所属していた恋人の男性が、事件後、どのように行動したかはまったく知らない。彼は恋人を殺害した犯人を自力で見つけようと、殺害された女性のマンション付近を何日もさ迷い歩いたりするのである。確かにそんなことは「メディアが伝えない」ことにちがいない。


思うに、犯罪ノンフィクションを読む醍醐味もその周辺にあることは明らかである。わたしが知りたいのは「あらすじ」ではなく「細部」であり、わたしの想像力は、その「細部」に出会うことによって発動する。「吉展ちゃん誘拐事件」の犯人・小原保が幼い子供を誘拐して殺害したことは知られていても、彼には何人もの兄弟姉妹がいたということは余り知られていない。「帝銀事件」の犯人として逮捕されたのはテンペラ画家の平沢貞通ということは知っていても、毒殺から免れ、命を取り留めた四人の銀行員たちのことは余り知られていない。九月にサンモールスタジオで上演する新作「夜のカレンダー」も同じように「メディアが伝えないもの」を表現すべく取り組んだものである。


*同書。