座長という言葉を聞くと、わたしは劇団のリーダーを想起する。正確には大衆演劇の劇団の主宰者――例えば、梅沢富美男さんのような人をそのように呼ぶことにはまったく違和感がない。また、俳優座、文学座、青年座と、かつて新劇系の劇団の名前には「座」が使われることが多かったから、そういう劇団の中心人物をそのように呼ぶことも同様である。もともと「座」という日本語は人々の集まりを意味し、英語の「カンパニー」に相当する言葉だと思う。

有識者たちによって作られた「新型コロナウイルス感染症対策専門家会議」のメンバーはすっかりテレビでお馴染みだが、わたしは専門家会議のリーダーである脇田隆字氏が「座長」、サブリーダーの尾身茂氏が「副座長」と呼ばれることにずっと違和感を持っていた。前記の通り、大衆劇団の主宰者をそう呼ぶことにはまったく違和感がないが、専門家会議のリーダーをなぜそのように呼ぶのだろう?   専門家会議なのだから、普通の感覚から命名するなら「議長」「副議長」でよいのではないか。

世の中には様々なグループがあり、そのグループを率いるリーダーにも様々な名前がある。区長、市長、町長、村長、局長、店長、係長、課長、部長、社長、会長、団長、家長、首長、級長など。組織によって役職名は様々たが、要するにこれらの「長」たちは、そのグループにおける責任あるリーダーである。「座長」もそんな一つであるが、専門家会議のリーダーは、芸能の世界とはまったく無関係である。

そう言えば、主に商業演劇の場合、その公演の主演俳優が「座長」と呼ばれるのが常である。そもそも公演タイトルが「○○座長公演」だったりする。そういう意味では、専門家会議の座長の脇田氏はスターであるべきだが、一般的な意味においてそのような認識は人々には乏しいのではないか。専門家会議とは、もう二度と集まることない演劇のプロデュース公演のような集まりであり、その一回こっきりの儚(はかな)さを前提に、演劇界の通例に従い「座長」という呼称を使ったのであろうか?   繰り返しになるが、なぜ専門家会議のリーダーを座長と呼ぶのか不思議である。知っている人がいたら教えてほしい。

※専門家会議。(「日本経済新聞」より)