2009年11月15日、エリザベス女王杯。
クラシックを戦った3歳牝馬が初めて古馬牝馬と相まみえるエリザベス女王杯。
単勝1.6倍。圧倒的な支持を得ていたのがブエナビスタだ。
父はサンデーサイレンス後継種牡馬スペシャルウィーク(G1・4勝)、母は阪神3歳牝馬Sでエアグルーヴに勝ってG1馬となったビワハイジ。大きな期待を集めた良血牝馬。
アンライバルト、リーチザクラウン、スリーロールスと戦った『伝説の新馬戦』を3着。
そのあと5連勝で桜花賞・オークスを勝ち、『3冠』をめざした秋華賞はレッドディザイアのハナ差2着入線も、ブロードストリートの進路を妨げたとして3着降着。
後方から追い込む豪快な差し脚を武器に『世代最強』を誇った。
秋華賞では桜花賞・オークス2着のレッドディザイアの執念の走りにハナ差敗れ、そればかりではなく『3着降着』という不名誉な記録を残してしまった。
それを払拭するためにも、古馬と対戦するエリザベス女王杯は負けるわけにはいかなかった。
2番人気は同じ3歳馬ブロードストリート。アグネスタキオン産駒。
5戦3勝、2着1回、非凡な切れ味をもってオークスに臨んだがブエナビスタには完敗の0.8秒差4着。
秋華賞トライアル・ローズSでレッドディザイアにクビ差勝ち。成長力を見せて挑戦した秋華賞は、4コーナーで内に切れ込んだブエナビスタに進路を阻まれ、ゴール前、追い込むも3着入線。降着繰り上がり2着となった。
『打倒 ブエナビスタ』、その思いは言うまでもない。
史上初、海外G1馬として出走してきたのが、フランスG1・オペラ賞を勝って日本にやってきた3歳外国馬シャラナヤ。
当時、短期免許を取得し日本で騎乗していたクリストフ・ルメールが鞍上。ブエナビスタ、ブロードストリートとともに3歳牝馬で1,2,3番人気を占め、人気では古馬牝馬を圧倒した。
黙ってはいられない古馬牝馬。
筆頭は前年のエリザベス女王杯を制したルトルアマポーラ4歳だ。
3歳時、桜花賞2番人気5着、オークス1番人気7着、秋華賞6番人気6着と人気を裏切り続けたが、エリザベス女王杯でルメール騎乗、見事、カワカミプリンセスに競り勝ってG1制覇を成し遂げた。
古馬になって4戦、7,6,3,5着も、仕切り直しの秋2戦目。鞍上に世界の名手クリストフ・スミヨンを迎え、復活の狼煙を上げる、か。
2006年、デビューから5連勝。オークス、秋華賞を制したカワカミプリンセス。
続くエリザベス女王杯も1着入線、6連勝と思われたが無念の進路妨害、12着降着となった。
『その走行妨害がなければ被害馬が加害馬に先着していたと判断した場合』・・・・・・現在の降着ルールではあり得ない12着降着。
その心理的影響か?4歳、10着、6着。5歳、3着、2着、2着、7着。6歳、4着、3着、8着、6着。勝てないでいる。
2006年以来となった前年のエリザベス女王杯ではリトルアマポーラの2着。誰よりもこのレースに思い入れある馬。
もはや6歳。3年前、置き去られた『勝利』を追い求めるのは、これが最後か?
4歳メイショウベルーガ。3歳1月デビュー、22戦5勝、走って走って強くなった根性娘。
秋華賞2着、4歳ムードインディゴ。府中牝馬Sを1年半ぶりの勝利、さらに上をめざす。
桜花賞3着、オークス3着、ジェルミナル。阪神ジュベナイルフィリーズ3着、秋華賞5着ミクロコスモス。隙あらば・・・・・・走る限りめざすは、G1制覇。3歳、若さを武器に挑戦。
フルゲート18頭。牝馬の激突。ハナを切ると思われたのは5歳クイーンスプマンテ11番人気、6歳テイエムプリキュア12番人気だった。
ともに出走した前哨戦・京都大賞典。テイエムプリキュアが逃げて、2番手クイーンスプマンテ。3コーナー、2頭の間は4,5馬身、さらに後方集団に15馬身の大逃げ。結果はクイーンスプマンテ9着、テイエムプリキュア14着最下位。
レースを盛り上げた大逃げ。結果はどうあろうと、ファンは再現を期待した。
空は晴れ渡った京都競馬場、良馬場。
ゲートが開き、大歓声の中、先頭に立ったのはクイーンスプマンテだ。
2番手に上がっってきたのはテイエムプリキュア。
今度はクイーンスプマンテが前だが、ファン希望の2頭が先行を形成。
『もっと引き離せ~ッ!』、大きな声援が飛んだ。
皆がお行儀がいい、淡々と進むレースに飽き足らないファンの声援だ。
マイスタイルを貫き通すブエナビスタ、後方4頭目を走る。
3番手を行くリトルアマポーラ、チェレブリタ。後方から脚を伸ばしリトルアマポーラの外につけたカワカミプリンセス。
好位を行くジェルミナル、シャラナヤ。
中団にいるブロードストリート、メイショウベルーガ。
最後方に並ぶムードインディゴ、ミクロコスモス。
みなの意識の中にあるのは後方にいるブエナビスタだ。
クイーンスプマンテ、テイエムプリキュア、逃げる2頭の存在は、ないのか。
1000m通過60秒2、平均ペース。
みるみる後続を引き離して行く2頭。
クイーンスプマンテとテイエムプリキュアの差は3馬身を維持し、
後続との差は、3コーナーで20馬身ほど開いた。
3コーナーから4コーナー中間。坂を上り終えてブエナビスタが外からスパート。
一気にリトルアマポーラ、カワカミプリンセスに取り付いた!
直線を向いたリトルアマポーラ、カワカミプリンセス、ブエナビスタ!
そのはるか前に2頭はいた。
まだある10馬身差。
逃げ馬の命は『逃げて逃げて逃げまくる』。
たとえ、直線脚をなくそうとも、逃げる・・・・・・だが、決して消えない思い。
それは、
逃げ切ってやるッ!
失せかけた自らの脚の力。
懸命に、懸命に、動かしたクイーンスプマンテ、テイエムプリキュア!
ゴールまであと200mだ!
後方馬群から、猛然と追い込んできたのはブエナビスタ!
負けられない、負けられないッ!
5馬身、4馬身、3馬身、2馬身、一気に差を詰めた。
テイエムプリキュアにクビ差まで迫ったブエナビスタ!
そこがゴールだった。
その1馬身半先、クイーンスプマンテはゴールしていた。
上がり3ハロン32秒9、究極の末脚を発揮したブエナビスタだったが、大逃げを決めた2頭をとらえることができなかった。
1着クイーンスプマンテ、2着テイエムプリキュア、3着ブエナビスタ。
馬単250,910円、3連単1,545,760円、大波乱のレース。
クイーンスプマンテは募集価格840万円のクラブ馬。
その後、香港カップに出走、10着に終わり引退した。22戦6勝、6勝すべて逃げ切り勝ち。
大きな大きな舞台で、一世一代の逃げ切り勝ちを見せて繁殖に入った。
まだ仔に活躍馬はないが、夢見る気持ちは決して失せてはいない。
2着テイエムプリキュアは翌年のエリザベス女王杯17着を最後に引退、繁殖牝馬となった。
オータムセールで250万円で落札された馬。
デビュー3連勝で阪神ジュベナイルフィリーズを制覇したが、その後、34戦1勝2着1回、3着1回、二桁着順が21戦という戦績。
4勝は5,5,8,11番人気。2着、3着はともに12番人気。究極のアナ馬として競走馬生活を終えた。たまにではあっても、大きな還元をファンに提供してくれる馬、レースではつねに横断幕が数多く掲げられる愛された馬だった。
繁殖牝馬となってまだ活躍馬は出ていないが、母名の『テイエムプリキュア』を目にして懐かしむファンは多い。
歴史に残る大波乱劇。
そこに偶然はない。
激突する1頭、1頭、それぞれが『勝利』を信じて、夢見て、全力を注ぐ限り、いつの日か
必然となる・・・・・・はず。